笹倉邸の俺たちの住居スペースには、今日も甘い雰囲気が流れている。
いつの間にか寝室も一緒になり、2度目の新婚生活を満喫している俺たち。
「行ってくる。」
「行ってらっしゃい。」
そう言葉を交わし、軽くこはるの唇にキスを落とす、と同時に俺の携帯が短く鳴った。
珍しく姉ちゃんからだ。
『今週末、こはるちゃんと邸に帰ってこない?』
と、突然の誘い。
『何かあったか?』
と、返事をすると、
『来週にNYに帰るの。その前に葵が司オジサンとこはるちゃんに会いたいって言うから。』
と、返ってきた。
5歳になる姪っ子の葵は、自分で言うのもなんだが俺によく懐いている。
姉ちゃんのメールを読んでクスッと笑うと、こはるが不思議そうに俺を見つめる。
「姉ちゃんからメール。今週末、こはるを連れて邸に来いって。」
「私も?」
「ああ。葵が会いたがってるからって。」
こはるが葵に会うのは3年ぶりくらいだろう。俺たちの仲が不仲になってから、道明寺邸にこはるを連れていくことはほとんど無くなり、ババァに会うのも久しぶりだ。
「おまえが嫌なら断る。」
「そんなっ、嫌な訳ないけど……」
「けど?」
「私、……いいお嫁さんじゃないから。」
こはるの言葉に驚いて、
「あ?」
と、聞き返すと、俯きながら答える。
「だって、ここ何年もご挨拶していないし、別居してたのも知ってるだろうから。」
確かに、別居していた間、道明寺邸に帰っていた俺を見て、ババァやタマは渋い顔をしていた。こはると離婚となればかなり大揉めになる。
けれど、不思議なほどババァは何も言ってこなかった。グチグチと詮索されるだろうと覚悟していたが、拍子抜けするほどだ。
そして、別居を終えて笹倉邸に戻ると言った時に、たった一言ババァが言った。
『後悔しないように、大事にしなさい』と。
いいお嫁さんじゃないから……なんて俯くこはるに俺は言う。
「こはる、いい嫁になろうなんて考えなくていい。俺の隣で堂々としてろ。」
俺はそう言って俯くこはるの頭を軽く撫でた。
………………
週末。
俺たちはディナーの時間に合わせて道明寺邸を訪れた。
久しぶりのこはるの訪問に、ババァも姉ちゃんもタマも俺の時には無いような歓迎っぷりだ。
「こはるさん、お元気だった?」
「はい、ご無沙汰してしまって申し訳ありません。」
「そんなこといーのよ。うちのバカ息子がご両親にご迷惑お掛けしてないかしら。」
「バカ息子……クスっ……大丈夫です、父も司さんを頼りにしてますので。」
ババァとこはるの会話を聞きながら、バカ息子呼ばわりされた俺は、姪っ子の葵の方を見る。すると、葵も俺をバカにしたように変顔で応戦してくる。
「葵ちゃん、大きくなったわね。もう5歳に?」
「うん。もうすぐ6歳よ。」
「あっ、そうだったね、来月お誕生日よね?」
葵は来月の9月が誕生月だ。
「ごめんなさい、すっかり忘れちゃってて。今日は用意してなかったけれど、お誕生日にはプレゼントを送るわね。」
こはるがそう言うと、葵がニコッと笑って言った。
「司オジサンにもう貰ったからいーの。」
「え?……そうなの?」
こはるが俺の方を見て不思議そうに聞く。
「あー、まぁな。」
曖昧に答えるが、葵の口が止まらない。
「すっごくキラキラで素敵なジュエリーを貰ったの!こはるちゃんとお揃いだって言ってたけど……」
「えっ?私とお揃い?」
その会話を聞いて、こはるとババァとタマが、不思議そうに俺の方を見る。すると、俺よりも先に姉ちゃんが口を開いた。
「葵がね、こはるちゃんの大ファンなのよ。それで司にこはるちゃんと同じものが欲しいっておねだりして。今年は、こはるちゃんとお揃いのアレキサンドライトのブレスレットをプレゼントしてもらったって訳。お姫様みたい〜って喜んで凄かったのよ。」
「アレキサンドライトって……」
こはるが、もしかして?という顔で俺を見つめる。
「ああ。この間、こはるにプレゼントとしたあのネックレス。あれを買った時に、葵のためにブレスレットも買ったんだ。」
「あぁー、だから、2点って。」
「あ?」
「いや、……カード会社からカード使用の明細が来て、購入数が2点ってなってたから、私以外の誰かにもジュエリーをプレゼントしたんだなぁと思ってたの。」
こはるが拗ねたようにそう言う。
「おいっ、変な誤解すんなよっ。もうひとつは葵に買ったんだ。しかも、こはるに買ったものの10分の1くらいの金額だから、おまけみてぇーなもんだしっ。」
「おまけって……。」
咄嗟に弁解したのはいいけれど、言ってしまった後に気づく。
俺を睨む葵の視線と、呆れたように見つめるババァとタマの視線。
「司、今のは失言ね。」
そう姉ちゃんが言うように、葵の顔はどう見ても怒っている。
「司オジサンなんて、大っ嫌い!葵はどうせおまけなんでしょ!こはるちゃんしかお姫様だと思ってないんだからっ」
「なんだよそれ、」
「葵のこともちゃんとお姫様扱いしてよっ。」
「それは無理だ。俺のお姫様はこはるだけだから。」
いくら子供だからって嘘はつけねぇ。堂々と宣言してやると、姉ちゃんが首を横に振りながら、
「全く、子供相手に惚気けるのやめてくれる?」
と、呆れたように呟く。
お姫様と言われた当の本人は、顔を赤らめながら知らんぷりで黙々と料理を平らげていく。
「こはる、ゆっくり食え。」
「美味しい〜。道明寺家のシェフのお味、最高ですね。」
「そう?シェフに言ったら喜ぶわ。スープのおかわりあるわよ。」
「頂きたいですっ。」
こはるが楽しそうに食事をするのはいい事だ。
でも、こういう暴飲暴食をする時は用心しなくちゃいけない。
こはるが脇目も振らず食事をする時は必ず、大きなストレスを抱えているときで、食事の後は決まって胃痛に苦しめられていた。
「こはる、大丈夫か?」
そっとこはるにだけ聞こえるようにそう聞くと、
「大丈夫。」
と、わらって答える。
そのこはるの笑顔とは裏腹に、俺は後悔していた。
やはり実家に連れてくるんじゃなかった。
無理して笑っているけれど、こはるにとってここは気が休まる場所では無い。
きっと、この後笹倉邸に戻れば、胃痛に苦しみながらベッドに横になる姿が想像出来て、俺は小さくため息をついた。
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