店を出てタクシーに飛び乗ると、類から携帯に動画が送られてきた。
さっき見たあの動画だ。
まさか4年前のあの呑み会で動画を回していたとは夢にも思わなかった。
けれど類には感謝してもしきれない。
これをこはるに見せれば、こはるに対する俺の気持ちが証明出来るはず。
運転手にスピードをあげるよう伝え、笹倉邸が見えたのと同時にタクシーから飛び降りた。
エントランスに入ると深夜1時にも関わらず使用人が2人頭を下げて待っている。
その前を猛ダッシュで駆け抜ける俺に、「司様っ。」と呼ぶ声がしたが、今はそれどころじゃない。
俺たち夫婦の居住スペースに入り一目散にこはるが使っているベッドルームのドアをノックした。
コンコンっ!
深夜1時だ。返事がないのは当たり前。
けれどもう一度大きくノックをした後、扉を開けた。
「こはるっ?」
部屋はベッドサイドの灯りだけで薄暗い。
もう一度、「こはるっ。」と呼ぶと、ブランケットがが微かに揺れ、こはるが上半身を起こした。
「……つかさ?」
「起こして悪い。」
「どうしたの、こんな時間に。」
「この動画をみてほしい。」
「えっ?今?」
怪訝な顔をするこはるを無視して、俺はベッドに大股で近づくと、こはるの隣に座り込み、類から送られてきた動画を再生し始めた。
4年前の総二郎の襲名披露パーティーの夜。こはるにとっては思い出したくもない一夜だろう。
案の定、動画が始まり、
『どうせ俺の人生なんて親に決められた政略結婚で、好きでもない女と一緒にさせられた挙句、』
と俺の声が流れ始めた途端、
「なんで……」と顔をゆがめて絶句する。
けれどここで終わらせるわけにはいかない。
「頼む、こはる。このまま見てくれ。」
俺はそう言うと、辛そうな表情のこはるにそのまま続きの動画を見せた。
そして、
『こはるに会って俺の人生は180度変わった。この女を手に入れるためなら政略結婚だろうが構わないと思ったし、こはるに似た女の子が欲しいとも思った。とにかく、今の俺にとっては、こはる以外、なんにも要らねぇ。』
そう話す4年前の俺を見て、こはるは驚きを隠せないのか、口に手を当て目を大きく見開いた。
「……これって……。」
「おまえが聞いた俺の話にはちゃんと続きがあったんだ。」
「……知らなかった。」
「類が動画を撮ってくれてたんだ。俺がこんなに惚気けるのはレアだってよ。」
「惚気けるって……」
「ああ、この頃、俺はおまえと結婚出来て舞い上がってたし、結婚生活が幸せすぎてあいつらにまで惚気けてた。」
そう話すと、こはるの目から急に大粒の涙が溢れ出す。
「私、勝手に誤解してあなたに冷たく当たって、何度も酷い態度をとって、」
「そうじゃねーよ。俺もおまえと話し合うことを避けてきたから。俺から離れていくおまえに、プライドが邪魔して素直になれなかった。もっと早く……愛してるって言ってれば、」
すると、突然こはるが俺にギューッと抱きついて来た。
「ごめん……ね。」
「こはる?」
妻からのこんなスキンシップはかなりレアだ。
可愛すぎだろ。だから、少しいじめたくもなる。
「3年半だぞ。俺に冷たい態度を取ってから。」
「ん。」
「愛のない政略結婚だと思われてたなんて、マジで心外だ。」
「ん。……どうしたら、許してくれる?」
小さな声でそう呟くこはる。
いじめたくても、愛しすぎてこっちの方が限界だ。
「ちゃんと言ったら許す。」
「何を?」
「俺の事、どう思ってる?」
「…………。」
無言になるこはる。もう少しいじめる必要があるか?と、思ったその時、
「……アイシテル。」
と、こはるが呟いた。
「っ!……あ?」
「愛してる。」
こはるから発せられたその言葉。何年ぶりだろうか。新婚当初でさえ恥ずかしがってほとんど口にしたことがないのに。まさか、今聞けるとは思っていなかった。
「こはる、聞こえなかった。」
「……え?」
「もう一度言って。」
「……イヤ。」
俺から身体を離そうとするこはる。その腕をとり、今度は真正面から見つめて言った。
「こはる、愛してる。おまえは?」
「……私も、愛してる。」
その言葉を聞くのと同時に、俺たちの唇は重なっていた。
「クチュ……ンッ……」
静かな部屋に響く卑猥な音。
唇の感覚に夢中になりながらも、身体は限界だ。
酒の酔いと猛ダッシュで走ってきたせいか、頭がグルグルする。
「ねぇ、大丈夫?」
こはるのその問いに、
「ん。」
と短く答えたあと、こはるの肩に顔を埋める。
こはるからは愛用するボディーソープの香りがする。それが尚更、俺を安堵感で包む。
「こはる……」
「ん?」
「……ネムイ。」
「フフ……」
こはるは小さく笑ったあと、
「寝なさい。」
と言って俺の背中をトントンと優しく叩いてくれる。その心地良さに、俺はいつしか眠りに吸い込まれて行った。
………………
翌朝、目が覚めると、私のベッドに夫が眠っていた。
昨夜は相当酔っていたのか私の肩に身体を傾けたまま眠ってしまった。
チラリと壁の時計を見ると6時半。先に起きようか、それとも……考えていると、夫が微かに身動きした。
私は慌てて目を閉じて寝たフリをする。
すると、夫は少ししてベッドを抜け出し部屋を出ていく。
ほんの少し期待していたのに、そんな自分が恥ずかしい。昨日あんなキスをされたら、正直身体が疼いてなかなか眠れなかった。
夫が寝返りを打つ度に気になり、結局朝まで浅い眠りを繰り返していた。こんな早くに起きるということは日曜日の今日も仕事に出かけるのだろうか。もう少し一緒に居たかったなんて、恥ずかしくて言えないけれど、起きたら声をかけて、軽く抱きしめるくらいしてくれてもいいのに。
そんなことを考えているうちに、私は深い眠りに入ってしまっていたらしい。身体を誰かに抱きしめられて、ようやく薄く目を開けた。
「こはる。」
「っ!……ビックリした。」
背中から抱きしめてきたのは夫だ。ピタリと身体を密着させて、私の耳もとで名前を呼ぶ。
「こはる。」
「起きたんじゃなかったの?」
「シャワー浴びてきた。」
そう言う夫からは私と同じボディーソープの香りがする。
「仕事?」
「いや。」
「それなのに早起き?」
「ん。こはるとしたい事がある。」
「したい事?」
なんだろう?と考えていると、
抱きしめる腕を緩めて、今度は私を仰向けに寝かせたあと首元に顔を埋めてきた。
「ンッ……」
思わず声が漏れてしまった。
正直、こういう事を少なからず期待していたから、身体が敏感に反応してしまう。
すると夫も、こういう時に見せる余裕のない表情をしながら、私のキャミソールの肩紐を少しだけずらし言った。
「こはる、……触っていい?」
シャワーから出たばかりの夫の髪はまだ濡れていてストレートのまま。それがいつも以上に色っぽくて、私の体の中心がズクんと疼く。
小さく頷き目を閉じると、直ぐに昨夜よりもねっとりと唇が重ねられ、シルクのキャミソールの上から胸をやんわりと揉まれる。
忘れかけていた久しぶりの感覚に、脳も身体もトロトロに溶け始めていく。そして、私たちはゆっくりとベッドの上で2人だけの時間を楽しんだ。
結局、私たちが朝食のためダイニングに顔を出したのは、だいぶ遅めの11時を少し回った頃になってしまったのは仕方がないこと。
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更新が遅くなりました。その間、ウイルス対策などサイト強化のための対応させて頂いておりました。
どうぞ引き続きストーリーをお楽しみください✩.*˚
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