あの日以来、俺たち夫婦はお互いを意識しあっている。
それもそのはず、あんなに濃厚なキスをしたあと、普通に何も無かったようには暮らせない。
正直、近頃はあのキスを思い出し夜も眠れなくなるほどだ。攻めて攻めてこはるの舌を誘い出し、吸い上げ唾液を絡ませて……、やばい、また思い出したら身体が反応する。
あれから1週間経った。こはるに触れたい欲求は日に日に増していくが、こはるの気持ちが最優先。その時にどうしても立ちはだかる大きな壁がある。
それは、こはるが俺から離れていった原因でもあるあの発言だ。
『愛のない政略結婚』
身に覚えがないとはいえ、あの日は俺も相当酔っていた。99パーセントありえないと思っていても、あと1パーセントの不安が拭えない。
こうなったら、過去の記憶を消し去るよりも、今の俺を信じてもらうしかない。そしてこはるをもう一度振り向かせたい。
………………
仕事が終わって笹倉邸に帰るとこはるの姿がない。
またキッチンで料理中か?と思い行ってみるが人の気配もない。それならば庭で散歩でもしているのかと思い歩いてみても見つからない。
すると、お茶のセットを持ちながら義父の書斎に向かう義母を見つけた。
「お義母さんっ」
「あら、司さん。おかえりなさい。」
「こはるは?」
「あら、こはるから聞いてない?病院に行くって。」
「病院っ?具合でも悪いんですか?」
「フフ……違うわ。耳鼻科に定期受診のあと、外科の病棟に寄って同僚たちに会ってくるから遅くなるって言って出かけたわよ。」
「……そうですか。」
「でも、遅いわね。そろそろ帰ってきてもいい頃なのに。」
義母はそう言いながら柱時計に視線を移す。
あと少しで21時だ。病棟に寄るにしてはかなり長引いている。
「分かりました。俺から連絡してみます。」
義母にそう言って、携帯を取りに自室へと戻った。
俺の携帯にはこはるからなんの連絡もない。正直言うと、その事にも少し不満だ。病院に行くことも知らされていなかったし、遅くなるならメッセージくらい送ってきてもいいだろう。
こはるの携帯に電話をする。何度コールしても出ない。1度切り、再びかけ直すと、
「……もしもし。」
と、こはるではない男の声がした。
「…………。」
驚いて咄嗟に黙り込むと、
「道明寺さんですか?」
と相手の方から言ってきた。
「本田です。笹倉と同僚だった……」
「なんでこはるの携帯に?」
不機嫌さは隠せない。
「えーと、今、笹倉はトイレに行ってまして……」
「どこにいる?」
「病院の側にある居酒屋に。あっ、笹倉が戻ってきました。……大丈夫か?旦那さんから電話、迎えに来て貰った方が、」
こはると本田ドクターの会話を聞きながら、俺は怒鳴るように言っていた。
「すぐに迎えに行く。位置情報を送ってくれっ。」
………………
送られてきた位置情報にある居酒屋は、こはるが勤めていた病院からすぐの所にあった。
そこに着き店の前に車を停めると、店からちょうどこはると本田ドクターが出てくるところだった。
こはるが助手席に乗り込んでくる。そして、俺にぺこりと頭を下げる本田ドクター。どうやら想像していたよりかは酔っては無さそうだ。
無言で車を発車させると、こはるがチラッと俺の方を見て言った。
「遅くなってごめん。」
「……連絡くらいしろよ。」
「食事は急に行くことになって。」
「呑むなんて聞いてねーし。」
「久しぶりに会ったから一杯呑もうかって。」
「男と2人でか?」
「看護師長の松井さんも一緒だったの。でも、明日早いからって途中で帰ったの。」
「……もう少し警戒心を持てよ。」
イライラして言っても良いラインを超えた自覚はある。
すると、こはるも怒ったように反論してきた。
「警戒心って……本田先生にそんなの必要ないし。」
「あいつだって男だろ。何も無いわけじゃない。」
「……同じことをしてもあなたは許されるのに私はダメなわけ?」
「あ?」
「仕事だろうがプライベートだろうが、遅くなるからって私に連絡してきたことある?呑んでもいいかなんて、私に聞いてきたことある?女性と一緒に居て、私から警戒心を持てなんて言われたことある?」
「…………。」
「今までお互い無関心だったくせに、急に束縛なんてしないでよ。」
こはるが窓の外を見ながらそう呟くのを聞いて、何も言い返すことが出来ない。なぜなら、自分が何にイラついているのかを自覚しているから。でもそれをこはるにぶつけるのも情けなくて口にすら出来ない。
結局、笹倉邸に着くまで俺たちは無言だった。
エントランスに車を停め、夫婦専用のリビングに入ると間接照明だけが付いていて部屋は暗かった。
お互い何も話さず、それぞれのベッドルームに行くのだろう……と思った時、俺の背中に向かってこはるが言った。
「司、……ごめん。」
その言葉に立ち止まり、ゆっくりとこはるの方を向く。
「今日、定期受診だったの。耳の検査もしたけど、相変わらず聞こえないまま。そのあと、久しぶりに外科病棟に顔を出したら、みんな忙しそうで、なんだか自分だけが取り残されたような気分になっちゃって……。」
「こはる……」
「呑んで、現実逃避して、夫に当たり散らして。はぁー、ほんと自分が嫌になる。」
そう言って泣きそうな顔になるこはるに、俺は近づきながら言った。
「俺も自分が嫌になる。」
「……え?」
「妻が他の男と呑みに行った事にヤキモチ妬いて、言わなくてもいい事まで言って怒らせて、ごめん嫉妬したってすぐに謝れなくて妻に先に謝らせて。」
「フフ……何よそれ。」
「こはる、」
「ん?」
「やなんだよ。カッコ悪ぃかもしれねーけど、俺はおまえが男と2人でいるのは嫌だ。」
「…………。」
「酔ってたら尚更だ。その潤んだ目とか赤い頬とか濡れた唇とか、他の男には絶対に見せたくねぇ。」
俺がそう言うと、困ったような顔で俺から視線を逸らすこはる。その仕草がさらに俺を煽り、NYからずっと我慢していた想いが溢れ出す。
「こはる、」
名前を呼びながら、こはるの背中を壁に押し付け唇を重ねる。
「ンッ……クチュ……」
「こはる、……好きだ。」
NYの時よりも濃厚な接触。俺が仕掛けて、こはるが応えてくれる。その健気さも必死さも全てが愛しくて、止まらない。
ようやく少しだけ離した唇の隙間から俺はこはるに言った。
「俺はおまえとの結婚をビジネスだと思ったことは一度もない。おまえがこの言葉を信じられるようになったら、この先に進みたい。」
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