出張最終日の夜。
父と夫は経済界の重鎮らが集まるパーティーに招かれていて夕方からその準備でバタバタとしていた。
「こはるも一緒に行かないか?」
そう父に聞かれ、即座に首を振ってみたけれど、テーブルに置かれた招待客リストを何気なく眺めているうちに、気が変わった。
「私も行こうかな。」
「っ!?」
父と夫が驚いた顔で私を見る。
「別に、邪魔なら行かないけど。」
「邪魔な訳あるか。でも、どうして?」
「だって、みんなご夫婦で来るのよね?」
そう言って参加者リストの紙に視線を移す。
そこにはほとんどがパートナーと一緒に名前が記されている。
「ホテルに1人で居ても暇だし。」
言い訳のようにそう付け足してみたものの、やっぱり後悔する。パーティーなんて不慣れだし、父や夫の足でまといになるはず。
「やっぱり……、」
そう言いかけた時、
夫が言った。
「ドレスとジュエリーをすぐにコンシェルジュに用意させるから、一緒に行くぞ。」
「え?」
夫は携帯を取りだしてスタッフに電話をかけようとしている。それを見て私は慌てて言った。
「ジュエリーも持ってきてるのっ。だから、……ドレスだけお願いっ。」
………………
海外のパーティーは日本と比べると華やかさが格段に違う。仕事関係のパーティーだと言うのに、まるで芸能人かと思うほど豪華なドレスや派手な髪型の女性たちが多い。
その中で私ときたら、シンプルなレースのドレスに足元は5センチのヒールと控えめ。唯一、首元だけがアレキサンドライトのネックレスが光っている。
このネックレスは夫が購入したものだ。12億というカード明細が送られて来たあのネックレス。
これを付けたら夫はどんな反応をするだろう……と思ったけれど、着替えて部屋から出た私を見て、一瞬ネックレスに視線を向けたけれど、すぐに咳払いをして目を逸らした。
きっと、似合わないとガッカリしたのだろう。でも、他にジュエリーは持ってきていない。仕方なくそのままそのネックレスをしてパーティーにやってきた。
パーティーが始まり、すぐに父や夫の周りには人だかりができてしまった。日本ならまだしも、海外でも名前と顔が知れ渡っていることに驚く。
私は離れたところから見物でもしていようと思ったが、「こはるっ。」と夫が私を呼び手を伸ばす。
仕方なくその手を握ると、あっという間に「奥様ですか?」と私まで人に囲まれてしまった。
そうして1時間ほど経った頃、ようやく人の波から逃れてバルコニーの方へやってくることが出来た。
ふぅーーーっと大きく息を吐き、夜風に身を任せて目を閉じる。
すると、背後から、
「お疲れですか?」
と、英語で話しかけられた。
振り向くと、50代くらいのハンサムな紳士が立っている。
「初めまして。クラウンキャッスルのダニエルと申します。」
そう言って手を伸ばす紳士に、私も手を握り返す。
クラウンキャッスルと言えば、アメリカで3本の指に入る不動産会社だ。確かダニエル氏は去年CEOになった若き社長。父が広げていた経済誌で見たことがある。
そんな彼が、私に向かって言った。
「こはるさんにお会いしたいと思っていたんです。」
「……それは、どういう意味で?」
「道明寺司氏の奥様がどのような方か知りたくて。」
その言葉に私の眉間にシワがよる。夫の仕事相手である人物が私に接触してくると言うことは何かしら裏があるはず。
その私の警戒心が相手にも伝わったようだ。
「あー、いえ、仕事の話ではないので誤解しないでください。」
と、笑ったあと、彼は私の首元のネックレスを指して言った。
「実は、そのネックレス、僕が目をつけていたものでしてね。」
「えっ?」
「昔から贔屓にしてる宝石商がいまして、数ヶ月前に素晴らしい品が入ったと連絡が来たんです。ちょうど海外に出張してたもので画像だけ送るように言ったら、今あなたが付けていらっしゃるネックレスの画像が送られてきました。」
「…………。」
「人目見ただけで気に入ったのですが、なんせ桁違いの値段でしょ。そりゃ、迷いますよ。それから2日考えて、宝石商に買いたいと言ったんです。そしたら、もう売れてしまったと。」
そう言って残念そうに首を横に振る。
「そうでしたか。夫の方が一足早かったのですね。」
「ご主人にはいつもやられっぱなしですよ。」
「いつも?」
「ええ。ここ4・5年、いい物が入ってもいつも道明寺氏に購入されてしまいます。しかも、即決で迷いもなく。」
「…………。」
「そして、送る相手は必ず奥様だと。だから、お会いしたかったのです。彼に溺愛されているこはるさんがどんな方なのかと。」
そうダニエル氏が言った時、バルコニーに夫が現れた。
「こはる、大丈夫か?」
私とダニエル氏を見ながら心配そうに聞く。
「ん。大丈夫。」
「疲れただろ。そろそろホテルに戻ろう。」
私の聞こえる方の耳に顔を近づけてそう話す夫。
その様子にダニエル氏は目を細めてニコリと笑ったあと、私に軽くウインクしながら手を振った。
………………
ホテルに戻ると、ベッドルームの横にあるクローゼットの鏡の前で、映る自分の姿を見つめていた。
首に輝くネックレスにそっと手を這わす。夫が出張に行くたびに、私のクローゼットにあるジュエリーコーナーには小さな箱が増えていった。
取引先で貰ったものか、それとも付き合いで誰かに買わされたのか……そんな風にしか思っていなかったけれど、ダニエル氏が言うことが間違いでなければ、夫自らが買ってきて置いたものなのか。しかも、私のために……。
そんなことを考えながら、ぼぉーっと鏡を見ていると、
背後から「……似合ってる。」という夫の声がして驚く。
振り向くと、腕を組みながら壁に寄りかかるようにして、鏡に映る私のことをじっと見つめる夫。
「い、いつからそこに?」
その質問には答えずに、夫は再び言った。
「そのネックレス、すげぇ似合ってる。」
「これ……私のために、買ったの?」
「ああ、もちろん。」
迷いもせずそう言い切る夫に、私は疑問を投げかける。
「どうして?私たち、ずっと、上手くいってなかったのに、それなのにどうして、私なんかに」
「仕方ねーだろ。」
「……え?」
「男は極上のものを見つけたら、本能でそれを大事な女に貢ぐ生き物だ。俺にとって、大事な女で頭に浮かぶのは、結局、こはるおまえしかいねーから。」
さも当たり前のように言い切る夫。
「……だからって、買いすぎよ……バカ」
「クス……誰がバカだよ。」
笑いながら私の側まで近づいてくる。その夫から逃げるように、クローゼットの奥へ入る私。
「着替えるから出ていって!」
「バカを訂正するまで行かねぇ。」
「もぉっ!ちょっと、」
「逃げんな。」
「やっ、もぉ、離して、」
夫にジリジリと攻められて、クローゼットの奥の壁に追い込まれた私。
もう、どこにも逃げ場は無い。
それを分かっているのに、夫はゆっくりと私に近づいてくる。
「……つ……かさ。」
「こはる、……顔あげて。」
その甘い声に、顔が火照りなおさら夫の顔を見ることが出来ない。
すると、夫は、
「わかった。着替えるまで外で待ってる。」
と言ってくるりと私に背を向けた。
その言葉に思わず顔を上げる。その瞬間、夫が再び私の方に向き直り、私の顔を両手で包み込むようにして……キスをした。
何年ぶりだろう、こんな熱いキスをするのは。
スイートルーム内には父だっているのに、こんな壁をへだてたすぐ側で激しくするなんて。
ようやく離された唇は、夫のものなのか自分のものなのか分からない唾液で濡れている。それは夫の唇も同じで、クローゼットのあかりに照らされてツヤツヤと光っている。
その夫の唇に思わず手を伸ばし指で拭うようになぞると、
「これ以上、煽るな。」
と呟かれたあと、再び唇を塞がれた。

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