次の日、午後から本屋を数件周り最新の医学書を探したり、NYで一番大きなシューマーケットでスニーカーを購入したりしたあと、約束の17時少し前に老舗のデパートであるバーグドルフグッドマンへ向かった。
一日中歩き回っていたから足がもうヘトヘトに疲れていた。少しどこかで休みたいと、デパートのすぐ目の前にあるカフェに入ることにした。
カフェテラスのあるここなら夫もすぐに分かるだろう。
「バーグドルフグッドマンの正面にあるカフェテラスにいます。」とメールすると、
すぐに、
「あと15分で着く。」
と、返信があった。
日陰のテラス席へ座り、注文したアイスコーヒーを飲みながら、さっき買ったばかりの医学雑誌を取り出す。
日本では馴染みのない海外の医学雑誌。難しいワードが並び、全てを理解するのは大変だが、写真を見ているだけでも勉強になるし面白い。
そして、少し後悔する。さっきの本屋にはたくさんの医学雑誌が並んでいた。そのうちの2冊だけを買ってきたけれど、その横にあった買おうか迷った雑誌も買ってくるんだったなぁ。
そしておもむろに腕時計を見る。本屋まで走れば7.8分くらいか。今戻れば、夫が来る頃には間に合うかもしれない。
そう思い、私はアイスコーヒーをガブッと飲み干し、急いでカフェを出た。ほんの少しカフェで休んだだけでも、かなり足の疲労は回復している。駆け足で通りを横切り、本屋のあるビルへと向かった。
店内に入ると、すぐにお目当ての雑誌を手に取りレジへ向かう。
しかし、こんな時に限って混んでいる。日本では当たり前にサクサクと進むレジも、海外では悠長におしゃべりなんかしてなかなか進まない。
時計を見ると夫とのメールからちょうど15分がすぎた頃だ。夫はカフェに着いただろうか。着いたなら連絡が来るはずだから、きっとまだなのか。
そんな事を考えながら会計を済ませ、また急いでカフェに向けて駆け出した。すると、通りを1本渡ったところで、何やら人が道路に溢れ出ていた。
つい数分前はこんなんじゃなかったのに……と訳が分からず、近くにいる人に聞いてみる。
「Excuse me、何かあったんですか?」
「事故みたいなの。2台が衝突して、その弾みで近くのお店に突っ込んだらしいわよ。」
「はぁ、それでみんな見に行ってるんですね。」
「かなりすごい音がしたから、大きな事故だと思うわ。」
そんな会話をしているうちに、後方からサイレンの音がした。振り返ると、パトカーと救急車が連なってこちらに向かって来る所だ。
それを見ていると、どこからともなく会話が聞こえてきた。
「カフェに車が突っ込んで炎上してるぞ。テラス席にいた数人が巻き込まれたって。」
カフェ?テラス席?
その言葉に、心臓がバクバクと鳴る。
まさか、私がさっき居たカフェではないだろうか。
そう思った瞬間、私の脚はその方向へ駆け出していた。人混みをかき分けるように全速力で。
そして、カフェが見える場所まで来て、私は唖然とした。
さっきまでの明るく開放的なテラスには車2台が突っ込み、そのボンネットからは黒煙が吹き出しいまにも爆発しそうなのだ。
「危ないから、離れてくださいっ!」
消防隊員らが必死に野次馬たちを遠ざけようとしている。
その合間を縫うようにして私はテラス席が見える位置まで近づき目を懲らすと、衝突した車の向こう側に何人か倒れ込んでいる人が見えた。
「あのっ!けが人は?」
私は近くの警官に聞く。
「まだ分からない。危ないから離れてっ。」
「夫がっ!私の夫がいるかもしれないんですっ!」
「……今は近づけないっ。」
「でもっ、近くまで行かせてくださいっ!」
「ダメだ!爆発するかもしれないから離れろっ。」
警官がそう言った時だった。
ドカァーン!!!と物凄い音がして1台の車から炎が上がった。
「離れろっ、離れろっ。」
辺りは騒然とする中、私の足は1歩も動かない。いや、動けない。ただただ身体の震えを必死に抑えながら、その炎を見つめることしか出来ない。
そして動けない私に、逃げる人々が体当たりをしてきて、私は勢いよく地面に倒された。その弾みで、手に何か冷たいものが落ちたのを感じた。
その冷たいものが、自分の涙だと気づくのに数秒かかった。ボロボロと大粒の涙が流れる中、私はもう一度立ち上がり、炎の熱さが直に感じられる近くまで行くと、警官に詰め寄った。
「お願いっ!中に夫がいるかもしれないのっ!傍に行かせてっ!」
「ダメだっ!離れろっ!」
「お願いっ!」
警官の腕にすがりつこうとした、その時だった。
「こはるっ!」
と、名前を呼びながら、私の身体を後ろから引く強い力。
その声に振り向くと、夫が潤んだ目で私を見つめていた。
「つかさっ!」
「こはる、大丈夫かっ?」
「ウッウッ…よかったぁ…」
夫の顔を見て、全身から力が抜ける。そして、安心して泣き崩れそうになる私の身体を抱きしめ、夫が言った。
「俺も、おまえがあそこにいるかと思って、心臓が止まるかと思った。」
その言葉に私も堪えていたものが溢れ出す。
「司に何かあったら、私…、生きていけない…」
「ああ、俺も。おまえに何かあったら、生きていけねぇ。」
「事故に巻き込まれたんじゃないかって、怖かったの。」
「泣くな。俺は無事だ。」
「ウッウッ……うん。」
私は頷きながら夫の身体に抱きつくと、夫も私を強く抱き返してくれる。
「つかさ……つかさ……」
何度も名前を呼び、存在を確かめたい。
そんな私に、夫はさらに腕に力を入れて抱きしめながら言った。
「こはる……おまえなしじゃ生きていけねぇ。」
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