次の日、6時に目覚めてしまった。
今日から仕事は行かなくてもいいのに、そんな日に限ってこんなに目覚めがいいなんて。
寝室のカーテンを開けて大きく伸びをする。
『今日から自由だぁー』と思わず叫びそうになって思い出した。
そうだ、リビングを隔てた向こう側には夫が寝ているのだ。
大きな鏡の前で寝癖を整えて、顔に目ヤニやヨダレの後が付いていないかチェックし、ラフな服装に着替えて寝室を出た。
それから30分ほど、リビングで本を読むふりをして夫を待っていたけれど起きてこない。
起きてきたからといって特に話すこともないし……とブツブツ自分に言い訳をしながら、私は部屋を出てダイニングへ向かった。
ダイニングが近づくにつれパンの焼ける香りがして食欲がそそられる。
そういえば昨夜はほとんど何も食べていない。お腹がすけるのは当たり前だ。
パンの香りに誘われて厨房に顔を出すと、
「お嬢様っ!」とスタッフたちが慌てて手を止める。
「おはようございますっ。どうしたんですか、こんな早い時間に。」
「パンのいい香りがして。」
「直ぐに用意しますので座ってお待ちくださいっ。」
シェフも使用人たちも一気に慌ただしくなる。
「いーのいーの。みんなが揃ってから食べるわ。」
「でも……」
「私、今日から無職なの。だから時間はいっぱいあるから大丈夫。それより、お願いがあるんだけど…」
「はい?」
不思議そうに私の顔を見るスタッフたち。
「私も手伝っちゃダメかしら?」
「えっ?!」
驚く彼らに私は思いついたことを口にする。
「考えてみたら私、料理って全く作ったことがないのよ。なんでもいいの、簡単なものから教えて貰える?」
そう言うとシェフは戸惑った顔で考えたあと、
「それなら…、目玉焼きなんていかがでしょうか?」
と言った。
………………
料理なんて手術に慣れている私からしたら簡単な作業だと思っていたけれど、やってみると全然思い通りにいかない。
今日の朝食のグリーンサラダに使うレタスやトマトを冷水で洗い、そのサラダに合うドレッシングはグラム単位できっちり図り混ぜ合わせていく。
そして、鮭のムニエルは軽く塩コショウをし小麦粉をまぶせてからバターでこんがりと焼く。
目玉焼きは両親用に半熟の物と、半熟よりも少し固めの夫用を……。
言えば簡単だが、実際作るとなると難しい。
ドレッシングはオリーブオイルが上手く混ざらないし、ムニエルは焼き加減が強すぎて裏は焦げてしまった。そして目玉焼きは見た目も悲惨なぐちゃぐちゃの物体が出来上がってしまった。
「はぁ、料理のセンスは全くなしね。」
「初めてにしては上出来ですよ。」
シェフはそう言ってくれるけれど、両親の驚く顔と夫のガッカリした顔が想像出来る。
「悪いんだけど、やっぱりシェフが作り直してくれないかしら?」
「……いいですけど、お嬢様の作った料理でも、」
そうシェフが言いかけた時、厨房の扉が開いた。
「司さまっ、おはようございます!」
使用人たちが一斉に頭を下げる。
「部屋に居ないと思ったら、ここに居たのかよ。」
夫はそう言いながら私の側までやってくる。
それを見て慌てて無様な料理を手で隠す私。
「ここで何してた?」
「…んー、別に。」
「お義父さんたちも席で待ってるぞ。」
「…ん。」
そう言ってもなかなか動こうとしない私のことを不審に思ったのか手の下の料理に目を向ける夫。
「もしかして、こはるが?」
クスッと笑う夫に私は一気に恥ずかしさが込み上げてきて、また可愛くないことを言ってしまう。
「見た目は酷いかもしれないけど、自分で食べようと思って作ったんだからいいでしょっ!あなたにはシェフがちゃんとした物を作ってくれるから安心して」
また私たちの不穏な雰囲気に使用人たちが目を逸らし、気まずそうに厨房を出ていこうとする。
けれど、今日は違った。
夫が私の頬に手を伸ばして言ったのだ。
「顔に粉が付いてる。…おまえが作ってくれたもんなら、見た目がどんなんだろーと関係ねぇ。ここにあるもの全部俺が食うから、用意してくれ。」
それを聞いていたシェフは、ニコッと笑いながら
「かしこまりました。直ぐに用意しますのでおふたりはお席でお待ちください。」
と私たち二人を交互に見て言った。
…………
夫の前には、シェフが綺麗に盛り付けたムニエルの切り身が3枚と、黄身が崩れた半熟の目玉焼きが3つ、それとグリーンサラダとクロワッサン、コーヒーが並べられている。
それをもぐもぐとかなり良い勢いで食べていく夫を見て、私はさすがに申し訳なく思い、隣に座る夫の腕を掴み、
「もう無理しないで。残していいから。」
と止める。
「無理してねーよ。」
「そんなに食べたらお腹壊すわ。」
「フッ…むしろ助かった。今日は忙しくて昼に休憩してる時間はねーから。これだけ食べれば夜まで腹持ちするだろ。」
いやいや。2食しか食べないうちの1食がこれでは申し訳ない。せめて夜ぐらいはシェフが作るきちんとしたものを食べて欲しい。
そう思い、
「夜も…家で食べる?」
そう小声で聞くと、
夫は少し照れたような表情で
「ああ。できるだけ早く帰宅する。」
と答える。
そんな普通の会話でさえ、なんだかむず痒くて夫の顔を見れないのに、全て食べ終えてコーヒーカップを置いた夫は、
「じゃあ、僕は先に出社させて貰います。」
と、父に頭を下げたあと、私の目を見て言った。
「行ってきます。」
「……い、行ってらっしゃい。」
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コメント
いつも楽しく拝読しています。
小説の内容とは関係ないので申し訳ないのですが。
ここ3週間ぐらい、こちらのサイトを訪問すると、「iPhone15が当たりました」と言うおそらく詐欺サイトに高確率で飛ばされます。
再度ブックマークより訪問すると、司一筋さまのサイトが開きます。
このような事を言われている方は他におられませんでしょうか。
もしかすると、私のデバイスに問題があるのかもしれませんが、いつも同じ詐欺サイトが開く事、司一筋さまのサイトでしか起こらない現象です。
色々考えましたが、一度ご報告した方が良いかと考えました。
私の方の問題なら、本当に申し訳ありません。
ちわわさん
ご連絡ありがとうございます!
最近そのような詐欺サイトへの誘導が多いようですが
まさかうちのサイトでも…と驚きました。
こちらでやれる設定は調べて早急にさせて頂きますが、
念の為ブックマークから訪問するなど
ちわわさんの方でも警戒して対応して頂けると助かります。
皆さんへの注意喚起もさせて頂きますね。
ありがとうございました。
こちらのサイトでも対処法など載ってましたので、
ご参考までに♡
https://jp.spideraf.com/media/articles/how-to-deal-with-google-prize-scam-messages
返信ありがとうございます。
そしてひとつ私の書き方が悪く誤解を招きました。
私はいつもブックマークからお邪魔しており、その際に詐欺サイトに繋がります。おそらくですが、日が変わり最初の訪問時に詐欺サイトに誘導されるようで、その後試しに何度も訪問しても、その日中はすんなりこちらのサイトにお邪魔できます。
何にしても、私だけの問題なら、管理人さまや他のお客様を惑わせているだけなので、ちょっと冷や汗垂らしています。
そうでしたか!ありがとうございます。
他の方からも情報頂いていますので、
随時対応していきたいと思います