三吉会長の喜寿のパーティー当日。
こはるは病院での仕事を終えてから到着する予定なので、俺は義両親と共に先に会場に入っていた。
20時からのパーティー。なかなかこはるは現れない。きっとまた緊急の手術が入って来られないのだろうか。
笹倉邸を出てから一度もこはるには会っていない。今日のパーティーの件も、電話をするか迷っているうちに、西田を通して『仕事が終わったら駆けつける。先に行ってて欲しい。』と連絡が来た。
2週間ぶりにこはるに会う。もう一度きちんと話をしたいと言うべきか。それとももう少し時間を置いた方がいいのだろうか。
どちらにしても、今日はゆっくり話せそうにない。なぜなら、さすが三吉会長。喜寿をお祝いするバースデーパーティーには想像以上の客が来ていた。その中には義父の昔ながらの知り合いや、義母のご友人、そして道明寺家にも繋がりのある面々が勢揃いしている。
数歩あるけば誰かに捕まり挨拶を交わす…そんなやり取りであっという間にパーティーが開始してから30分以上が過ぎた。
その時、西田が俺に近づいてきて耳もとで言った。
「こはるさんが到着されました。」
その視線の先を見ると、会場の入口近くでシャンパングラスを持ちながら立っているこはると目が合った。
「副社長のそばに来て下さるよう言ったのですが、目立たないところで食事でもしてます。ということで……」
そう言って少し困ったように顔をしかめる西田を見て苦笑する。
こはるはパーティーが苦手だ。今までも一緒に出席したとしても俺のそばにいたためしはない。笹倉家の娘だと分かれば周りも放っておかないし、こはるを使って笹倉家に近づこうとする奴らもいる。
だから、仕事関係のパーティーでは俺の隣にいることはほとんどない。
「疲れてるだろうし、腹も減ってるだろ。食事でもしてろと伝えてくれ。」
「分かりました。」
「……西田っ。」
「はい?」
「暴飲暴食しないように、見守っててくれ。」
「了解です。」
西田が大きく頷いて離れていく。
その背中を追いかけながら、もう一度こはるに視線を向けると、隣に立つご婦人と談笑しているところだ。
西田に任せておけば大丈夫だろうと、俺はまたパーティー会場の奥の方にいる義父の近くまで移動した。
それから15分ほどたった頃、胸ポケットの携帯が振動したので、取り出して確認する。
西田からだ。
『会社の方で急用があったので、20分ほど抜けます。』
こはるは?とパーティー会場を見回してみたが、姿は無い。きっと疲れてロビーにでも移動したのだろうか。
一応心配になって、俺も会場を抜け出しロビーへ行こうとした時、『司くん』と顔見知りに声をかけられた。親父の古くからの親友で、道明寺邸にもよく遊びに来ていた人物だ。
その人物に捕まり、長々と10分近く話すことになってしまい、こはるの事が気がかりだったが会場を離れることが出来なかった。
ようやく会話が終わり、急ぎ足でロビーへ向かおうとしたその時、今度は俺の背後からスーツの腕の部分を誰かに引っ張られる感触がした。
誰だ?と振り向いて、驚く。
そこにこはるが立っていて、申し訳なさそうにスーツを引っ張っている。
「……こはる?」
「ごめん、……」
会場の音でこはるがごめんの後に何を言ったのか聞き取れず1歩近づくと、こはるが俺の腕から手を離し言った。
「会話が聞き取れなくて、だから、一緒にいて欲しいの。」
その言葉に、俺は黙ってこはるの顔を見る。
すると、言葉の意味が伝わらなかったのだと勘違いしたようで、もう一度言った。
「話しかけられても、うまく聞き取れなくて。会場の音と混ざって、どうしても、」
一生懸命説明しようとするこはる。でも、急に気まずくなったのか、
「ごめん、やっぱりいいの。」
と呟き立ち去ろうとする。
その腕を掴み、俺は言った。
「おまえの本来いる場所はここだろ。だから、堂々としてろ。」
こはるの腕を俺の腕に絡める。他の夫婦がしているように、当たり前のように。
いつぶりだろうか。こんな風に2人で腕を組み並んで歩くのは。あっという間に周囲の視線を集めることになり、俺たちの周りは人だかりになった。
『奥様ですか?』
『一緒にいらっしゃるのを初めて見ました。』
『お似合いですね。』
こはるへの質問も俺がなるべくカバーするようにし、こはるも言葉少なめに笑顔で流している。
それがかえって『控えめで奥ゆかしい』とでも捉えられたのか、周囲のこはるを見る目が穏やかだ。
そうして1時間が過ぎた頃、ようやく人の流れが落ち着き、会場の隅にまで行くことが出来た。
「大丈夫か?」
腕を離し、こはるにそう聞きながら、飲み物を手渡すと、
「笑顔を作りすぎて、顔が吊りそう。」
と、頬を引っ張りながら言う。
「プッ…もう、帰るか?」
「途中で帰るなって父に釘を刺されてるの。」
そう言って義両親の方へ視線を向けるこはる。
義両親はまだ会場のど真ん中で人に取り囲まれている。
それを見ながら俺は言った。
「逃げ出すか?」
「……え?」
「バレても連帯責任っつーことで。」
すると、こはるが俺を驚いたように見つめたあと、
「オッケー。」
と、小さく言った。
俺はこはるの腕を掴み、さっきまでのような腕を組むのではなく、手を握って歩き出した。
すると、前方に西田という強敵も見える。
「西田に見つかるのが1番厄介だぞ。」
こはるの聞こえる方の耳にそっと囁くと、
「ラスボスって訳ね。」
と、笑いながら俺の方に振り向いて答える。
そのお互いの顔の距離が近すぎて、あと数センチで唇が重なりそうなほど。
そんな状況に俺たち自身が動揺して、慌ててお互い前を向く。
「行くぞ。」
「うん。」
パーティーの出席者に紛れながら、義両親とラスボスから逃げる俺たち。
その手は何年かぶりにしっかりと握られていた。

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