こはるびより 2

こはるびより

こはるとの冷めた夫婦生活はもう3年以上も続いている。

笹倉邸の西棟は俺たち若夫婦のために広いリビングと大きな2つのベッドルームがある専用スペースだ。

そのベッドルームは元々夫婦のものと、生まれてくる子供のために作られたものだが、言うまでもなく俺たちには子供はいない。

結婚して5ヶ月くらいからだろうか、そういう行為がなくなったのは。

こはるが俺を冷たい目で見るようになり、仕事の忙しさを理由に寝室も別々になり、子供部屋だったベッドルームをこはるが使うようになった。

その頃には俺も完全にこはるの浮気を疑い西田に調べさせたりして、気づけば夫婦の溝は深まり修復不可能な所まで来てしまった。

そうなると不思議なもので、相手の何もかもが嫌になり気に触る。

例えば、こはるの食事マナー。初めて顔合わせをした時は上品で好印象だったのに、いざ結婚してみるとこはるはいつも食事中に本を読み家族の会話にも参加せず、食事を楽しもうとしない。彼女にとって食事は楽しむものではなく、ただ生きるための手段でしかないのだ。

他にも、こはるのファッションセンスも気に入らない。162センチの痩せ型でスタイルも良いから着飾れば人目を惹きつけるタイプなのに、いつもカジュアルなブランド品をラフに着て、足元もヒール靴はほとんど身に付けない。20代前半、時には学生に間違えられることもあるくらいだ。

笹倉家の令嬢、いや道明寺家の嫁として、もう少し人前に出て恥ずかしくない装いはしてもらいたい。

こんな風に文句を言えばキリがない。このままいつまで俺たちは仮面夫婦を続けるのだろうか。

そんなことを考えながら、バスルームの横にある大きな鏡の前で濡れた髪をガシガシ拭いていると、足元がふらつき洗面台の下にある小さなゴミ箱に足をひっかけ躓きそうになった。

その弾みでゴミ箱が転がり、中に入っていた少しのゴミが床に散乱する。

チッと軽く舌打ちをしながらそのゴミを拾いゴミ箱に戻そうとした時、ふと小さなプラスチックのゴミが目につく。

ハサミで小さく切り刻まれたようなそのゴミは、薬の錠剤などに使われるアルミ箔がついたプラスチック。

『なんの薬だ?』

切られたアルミ箔の部分にはカタカナの薬の名前が書かれているようだが、判別がつかない。

ここにあるということは、こはるが飲んでいる薬だろう。風邪薬か、それとも生理痛かなにかの痛み止めだろうか。

ただ、その不自然な切り刻まれ方がいかにもその存在を隠したい…という気がして気になった俺は、カタカナの文字が入ったアルミ箔の部分をそっと手に持ち、なんとなく寝室のデスクの中にしまっておいた。

………………

次の週、義父との出張でロンドンに来ていた。

仕事が一段落したあと、ロンドン随一の高級住宅街であるベルグレービアの洋館に招かれ、そこで執事が用意した紅茶飲んでいると、

「よぉ、司。」

と、軽く手を挙げながらあきらが入ってきた。

「あきら、元気か?」

「ああ、悪いな忙しいのに。」

「ちょうど仕事が片付いたから構わねーよ。」

あきらにも俺と同じティーカップで紅茶を用意した執事が、「それでは準備致しましょうか?」と聞く。

「ああ、頼む。」

俺がそう答えると数分後、部屋に分厚いアタッシュケースを2つ持った老人が現れた。

「お久しぶりです道明寺さま。今日はお招きありがとうございます。」

「わざわざ来てもらってすまない。こちらが友人の美作あきら。彼の為に最高級のものを見せて欲しい。」

「承知しております。私が今ご用意できる1番のものをお持ちしました。」

そう言ってこの老人が大きい方のアタッシュケースを開ける。すると、そこにはダイヤモンドをメインとしたネックレスやイヤリング、ブローチ、ブレスレットなどのジュエリーが並んでいる。

「何をお探しですか?」

「婚約の記念に彼女に送りたいんだ。司の結婚式の時に奥さんが身につけていたジュエリーを僕の彼女がとても素敵だと言っていて、それと似たような、いやそれ以上にいい物が欲しい。」

そう言って俺を見下ろすようにからかうあきら。でも、その顔は幸せに満ち溢れている。

アジア系アメリカ人の彼女と晴れて婚約が決まったあきら。今はロンドンを拠点に生活していて、俺とはこうして出張の時などにたまに会う程度だ。

そんなあきらから先日連絡が来て、

「道明寺家御用達の宝石商を紹介して欲しい。」と言ってきた。

理由を聞くと、本人も言っていた通り、俺とこはるの結婚式の写真を彼女に見せたら、ドレスやジュエリーのセンスに惚れて目を輝かせていたらしい。

そんな彼女を見て、ベタ惚れのあきらは黙っていられるはずもなく、直ぐに俺に電話をしてきた。

宝石商から一つ一つ説明を聞きながら吟味すること1時間半。あきらが選んだのは鮮やかな紫がかったピンクトパーズのティアラ、ネックレス、イヤリングの3点セット。

俺があきらの立場だったとしても同じものを選ぶだろうと思えるほど良い品物だ。満足した買い物が出来たあきらは宝石商と硬い握手をしたあと、

「ふぅー、こんなに真剣にジュエリーを選んだのは初めてだから疲れたな。」

と、大きく息を吐く。

すると、宝石商が俺たちを見ながら

「実は今回、これとは別にとても希少な品をお持ちしましたがご覧になりますか?」

と、小さい方のアタッシュケースを持ち上げてみせる。

俺の祖母の代から受け継がれているこの宝石商。大事な時に身につけるジュエリーはいつもこの老人に任せてきた。そんな彼がいつもこの小さなケースに入れてくるジュエリーは一際特別で、一際希少性の高いものだと言うことは知っている。

「あきら、どうする?見たらこっちも欲しくなるかもしれねーぞ。おまえにそんな財力はあるのかよ。」

そうからかってやると、

「うるせぇ。ここで見ないとかありえねーだろ。」

と言って宝石商に開けてくれと頼むあきら。

ニコニコ笑いながらゆっくりとケースを開けた宝石商は、

「宝石の王様、アレキサンドライトでございます。」

と言って俺たちにそれを見せた。

森の泉を思わせるようなフォレストグリーン。そのアレキサンドライトを使ったネックレスとブレスレット、イヤリング、リングの4点が揃っている。

「ご存知の通り、アレキサンドライトは日光の下では青みがかったグリーンですが、白熱灯やローソクの下では紫がかった赤に見えるのです。」

そう言いながら、持参している小さなロウソクを用意する宝石商。そして、そのロウソクにゆっくりと火をつけてケースの近くへ持っていくと……、

それを見て俺達も息を飲む。

「通常は赤に変化するアレキサンドライトですが、これは赤と言うよりも橙色なのです。ここまで鮮やかな色は私も見たことがありません。」

確かに、こんな複雑な色味を出すアレキサンドライトは俺も見た事がない。

「いかがです?どれも世界に一つだけです。」

宝石商があきらに言う。すると、ケースの下に小さく記された金額を見て、

「ジュエリーに使うには高額すぎだろ。」

と、頭を抱えながら苦笑している。

「では、次回はもっと素晴らしいものをお持ちします。」

引き際が早いのもこの宝石商のいい所だ。立ち上がりもう一度俺とあきらに握手をした部屋を出ていく。

それを見送ったあと、あきらが

「わるいっ、司。彼女を待たせてあるんだ。」と慌てたように言い、

「今日はサンキューな。来月には日本に行くから、その時にお礼はたっぷりさせてもらうよ。」とまた軽く手を挙げながら去っていく。

ったく、長年の親友より彼女かよ。そう心の中で愚痴をこぼしたあと、俺は胸ポケットから携帯を取りだした。

そして、さっき別れたばかりの宝石商にコールする。

「道明寺さま、どうされましたか?」

「今日は俺の友人のためにありがとう。」

「いえ、こちらこそご紹介して頂き感謝申し上げます。」

「実は、さっき見せてもらったアレキサンドライトだけど、」

「あー、あれですね、」

「ネックレスとブレスレットを買いたい。」

「……承知致しました。2つセットでご用意させて頂いてよろしいですか?」

「いや、……別々に用意して欲しい。」

「了解致しました。」

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