眠れない夜 41(最終話)

眠れない夜

…………半年後…………

数日前に町長宛てに一通の書類が届いた。それはあの視察団からの報告書だ。

視察団が帰って以降、なんの音沙汰もなく季節は冬を迎えようとしている。役場の職員や町民の間では、ホテル建設の話は白紙になったのだろうと、最近では話題にも出てきていない。

あたしは恋人である道明寺との電話で、「あの話は完全になくなった。」と一ヶ月前に知らされた時、「良かったぁ。」と思わず呟いてしまった。

「町が大きくなるのを望まないのかよ。」

と、道明寺は笑う。

「そうじゃないけど……、いつかはこの町も変わると思う。でも、それはゆっくりでいいかな。」

「ゆっくり?」

「そう。外部の人の手で変わるんじゃなく、ここに住んでる町民の手で変わる。それがあたしの理想かな。」

そう話すあたしに、道明寺がポツリと言った。

「牧野、ずっとそこにいるつもりか?」

「え?」

「東京には戻ってこねーのか?」

その言葉の意味がわからず黙っていると、

「いつまでも遠距離って訳にはいかねーだろ。」

と、少し怒ったように言う。

「そ、それは……、」

「今すぐにとは言わねーけど、俺はおまえと一緒に暮らしたい。」

それは、結婚ということか。まだ早いと思いながらも、道明寺がそう考えてくれていると知って、急に頬が熱くなり、そのあとの会話があまり耳に入ってこなかった。

……………………

報告書が届いて数日後、朝から役場の職員が会議室に集められた。どうやら、視察団からの報告を正式に発表することになったのだろう。

少し遅れて町長が神妙な顔つきで入ってきた。それを見て隣に座る同期の恵美ちゃんは、

「町長のあのがっかりした顔。」と苦笑している。

そして町長が話し始めた内容は想像した通り、「ホテル建設は白紙になり、スキー場のある一帯の活性化プロジェクトは見送りになった。」というものだった。

職員の間には、やはりという雰囲気で特に驚く者も居ない。

またいつものような日常が戻ってくるだけ……そう思った時、町長から思いもよらない言葉が発せられた。

「今回の話は全て白紙となりましたが、良いお知らせもあります。我が町に、ある方から多額の寄付金を頂くことになりまして、その寄付金でスキー場、キャンプ場の整備をすることが決まりました。」

「寄付金?」

思わず、総務課長が驚きの声を上げる。

「はい。」

「ですが、個人の寄付金だけでは古いスキー場やキャンプ場の手直しは無理かと。」

「いえいえ、個人の方と言っても普通の方ではありませんし、」

「……というと?」

職員たちが町長を見つめる。

「寄付金の額は500億。寄付される方はあの有名な会社、道明寺ホールディングスです。」

そう言って町長が掲げた紙には、ドラマなんかで見たことがある、下の方に英語の殴り書きのようなサインが書かれた契約書のようなものだった。

「道明寺ホールディングス?」

「500億っ?」

会議室がザワザワと騒がしくなる。でも、あたしはあまりの驚きに声が出なかった。

そしてその日の午後、さらに驚く話が役場の中を駆け巡った。

………………

「今日、道明寺ホールディングスの専務が町長に会いに来るらしいわよ。」

「えっ?専務?」

「そう、しかもその専務って女性みたい。」

そう言いながらパソコンをパチパチと操作する職員が、「道明寺財閥の一人娘で道明寺椿さんっていう人。」と情報を追加する。

椿さんって専務だったんだぁ、今更ながら知る。その椿さんがなぜこの町に多額の寄付をするのだろうか。道明寺からは何も聞いていないし、そもそも椿さんはあたしがこの町にいることを知っているのだろうか。

何がなんだか分からず、職員の目を盗んでとりあえず道明寺に電話をしてみるけれど繋がらない。

でも、なんだか漠然とながら、嫌な予感がしない訳でもない。

そうこうしながら1時間ちかく経った頃、役場の中が急に騒がしくなった。その方向に目を向けると、

嫌な予感は的中。

町長がペコペコと頭を下げながら出迎える人物。それは椿お姉さんと、その横に立つ道明寺だった。

「あのバカ、来るならなんで何も言わないのよ。」

思わず小声でそう呟くと、

「えっ?」

と、恵美ちゃんに不審がられる。

「はぁー、なんでもない。」

そう言って、町長室に向かう3人の背中をじっと見つめた。

それから2時間後。役場の業務が終わりブラインドを閉める作業をしていると、町長室から出てきた町長が職員に向かって声をはりあげた。

「全員よく聞いてくださいっ!今日お越しくださった道明寺ホールディングスの専務である道明寺椿さんが、わが町の職員を慰労したいと言ってくださってまして、このあと駅前の『寿ずし』で食事会を行いますっ!特段の急用がない限り、全員参加!よろしくお願いしますっ!」

寿ずしとは町1番の高級店だ。そこで食事会となれば断る職員なんていない。

「わぁー!食事会っ!行く行くっ!」

と目をキラキラさせて帰り支度をする先輩たちとは反対に、あたしはデスクに突っ伏して頭を抱えた。

…………

寿ずしの入口には本日貸切の紙が貼られている。

町長の隣には椿さん、そしてその正面に道明寺が座り、それを好奇な目でチラチラと見つめる職員たち。

初めのうちは緊張した雰囲気が流れていたものの、椿さんの天然な明るさと道明寺家2人のルックスの良さに、2人の周りはあっという間に人だかり。お酒も入って、毎年の忘年会以上に盛り上がりを見せている。

ここに来る前に道明寺にメールをした。

「あたし達のことは内緒だからね!」

すると、

「俺からは言わねーけど、聞かれたら嘘はつけねーだろ。」

と、開き直りの発言。

聞かれないわけが無い。女子職員たちは道明寺の事がお気に入りだ。彼女はいるのか、そこが1番知りたいはず。

「みんなあんたに興味津々だから、聞かれるに決まってるでしょ。」

「了解。心配すんな、名前は出さねぇけど、ちゃんと彼女はいるって言っておくから。」

そんなメールでのやり取り。

でも、後で後悔する。口止めする相手を完全に間違えていたようだ。

食事会が始まり1時間。椿さんとも道明寺とも1番離れた席に座っていたのに、「つくしちゃーん!」と呼ばれて振り向くと、椿さんがニッコリ手を振ってあたしを見ている。

道明寺とは英徳の同級生だと言うことは知っているけれど、椿さんとも顔見知りだとは知らなかった職員たちが驚いた顔であたしを見る。

「道明寺さん、うちの牧野さんとも親交が?」

町長が聞くと、

「ええ、つくしちゃんは妹のような存在です。」

と、言ったあと、

「将来は義理の妹になる予定ですし〜ホホホホホ〜」

と、爆弾を投下。

「……え?それは、つまり?」

「弟の彼女なんで。」

その言葉に職員が一斉にあたしと道明寺の2人を交互に見たあと、「えええええーっ!」と大騒ぎになった。

別に、彼氏がいることを隠していた訳でもないし、遠距離恋愛だとも言っていた。でも、相手が道明寺司だとは言っていなかった。ただそれだけなのに、こんなに驚かれるとは想像以上だ。

町長も、

「いやぁ、それはそれは、光栄ですな。わが町の職員が道明寺家のご子息とお付き合いしてるとは。」

と、目を丸くして上機嫌。

そしてそんな騒ぎの中、どこからともなく誰かが言った。

「だから、この町に寄付金を?」

すると、椿さんはニッコリ笑って答えた。

「そうです!……と言いたいところなんですが、それはちょっと違って。実はこの町にホテルを建設しようとしていたオーナーとは古くからの知り合いで、ロンドンには我社と共同で出資したリゾートホテルもあります。その縁で、日本では弟が通訳をすることになったんですけど、残念ながらこの町でのホテル建設の話は白紙になりましたね。でも、スキー場でトラブルにあった時、町の方が総出で助けに来てくださったようで、そのオーナーはこの町にとても感動していました。」

「そうですか、」

「司もいつもはテキトーに仕事をしているのに、この町にいる時はかなり真面目に働いていたようで、すっかりそのオーナーに気に入られましてね、その後、あれよあれよと話が進んでハワイとオーストラリアに共同出資のリゾートホテルを建てることが決まったんです。」

「ほぉー、それはそれは。」

「まぁ、司が仕事を張り切っていたのは、つくしちゃんにいい所を見せたいが為だっていうのは、私にはお見通しなんですけど、お陰様でそのリゾートホテルの将来的な利益はざっと5兆円。」

「ごっ、5兆円?!」

「ええ。そういう訳で、そのうちのほんの少しですが、この町の方に還元させて貰えればと思い、今回寄付しました。」

元はと言えばスキー場の電気配線をきちんと整備しておかなかった町が悪いし、すぐに直せなかったからトラックや四輪バギーで助けに行くことになってしまっただけ。

それなのに、それが吉と出て、流れ弾のように500億円もの大金をゲットしてしまった。職員たちもなんだかみんな複雑な顔をしている。

けれど、椿さんが続けた。

「でも、寄付するにあたって2つだけ条件があるんです。」

「え、条件ですか?それは聞いてないなぁ。」

困惑顔の町長。

すると、椿さんは道明寺を見て、

「司から言ったら?」

と、ニヤッと笑って言った。

役場の職員が見守る中、道明寺があたしを真っ直ぐに見つめて言った。

「1つ目は、キャンプ場にヘリポートを作ること。」

「ヘリポート……ですか?」

「東京から牧野に会いに来る時はヘリで来る予定なので。」

「…………きゃーーーっ」

女子社員たちが小さな悲鳴をあげる。

「2つ目は、この町の職員の牧野を嫁に貰うつもりなんで、3年以内には寿退社させること。」

その言葉には、女子職員の小さな悲鳴どころか、男子職員の地響きのような「おぉーーー!」という声が混じり、

町1番の高級店「寿ずし」は、今日1番の盛り上がりを見せたのだった。

Fin お付き合いありがとうございました

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コメント

  1. きな粉 より:

    あぁ~、今回もオシャレにさらりと終わってしまった
    最近、書き方というか雰囲気が変わったような気がします。
    何か変化があったのかなぁ?と感じていますが・・・
    更新有り難うございます(^^

  2. ヒメママ より:

    面白いかったで~す
    たまには、同級生も
    司に恋人は、初めてですね

    もう少し、やっと恋人になったふたりも読みたかったかな

    新作たのしみです

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