一行が視察に出かけてから、役場の中は騒然となった。
「牧野さんっ、さっきのイケメンと知り合いなの?」
「……えーと、」
「彼は、どこの誰?」
「どこのって……、」
あたしのデスク周りは人だかり。
「高校、大学の同級生です。」
「同級生?そういえば、牧野さんって東京の出身でしょ、学校ってどこだったの?」
「英徳っていう、」
そんなに有名じゃない学校です……と続けようとしたのに、やはり知っている人は知っている。
「英徳って、あのセレブ学校で有名なところだよね。牧野さんがうちの役場の面接に来た時、町長が興奮気味にお嬢様が来るって話してたもん。」
へぇー、そうなの?!牧野さんってお嬢様なんだぁ!
次々とそんな会話が役場内に広まるのを、あたしは必死になって食い止めた。
「英徳は確かにセレブな子が多いですけど、あたしみたいに一般受験でふつーうに入る子も結構いるんですっ。うちの父は小さな会社の平社員なので、お嬢様でもないし、その事は面接で町長にも話したんですけど、」
「そっか、そっか、牧野ちゃん落ち着いて。で、彼はどう見ても、セレブの方に見えるけど、」
「道明寺は、……セレブです。」
そこは認めざるを得ない。
すると、道明寺というキーワードもひとり歩きし、その日の業務が終わる頃には、道明寺司という名前を知らない役場職員はいなくなった。
………………
18時半。
クタクタに疲れて役場の駐車場に向かったあたしは、道路のガードレールに腰掛けてこちらを見ている人物と目が合った。
「……道明寺?」
「仕事、終わったか?」
そう言いながら、あたしのそばに立つこの人。
相変わらず背が高くて見上げてしまう。役場の男性陣でここまで背の高い人はいないから、久しぶりのこの感覚がなんだか懐かしい。
「どうしてここに?」
「後でなって言ったろ。」
そういえば、昼間会った時に道明寺は、また後でなと言って去っていった。
どうしてここにいるのか、今回の視察団とはどういう関わりなのか、色々聞きたいことはあるけれど、ここではまずい。
町のど真ん中にある役場。
そこの真ん前で立ち話をしていれば、町民の目に必ずとまり、明日は今日以上に囲まれるに違いない。
「道明寺っ、あんたこの後時間ある?」
「あ?」
「とりあえず、こっち来て!」
あたしはそう言って、自分の車が停まっている駐車場に道明寺を連れていくと、就職してすぐにローンを組んで買った愛車の助手席に、強引に道明寺を押し込んだ。
「ご飯食べた?」
「いや、」
「お腹空いたから何か食べたいけど、隣の市まで行ってもいい?」
「……おう。」
急いで車を発進させ、20分ほど離れた隣の市まで向かう。
そこなら、役場の人に見られることもまずないだろう。
焦る気持ちを抑えながら運転し、役場が見えなくなった辺りの赤信号で止まる。
すると、道明寺が
「これ、おまえの車か?」
と、聞いてきた。
「うん、そう。就職して買ったの。」
そう言いながら、ようやく助手席の道明寺に視線を向けると、高身長の道明寺が小さく縮こまって乗っている様に思わず吹き出してしまう。
「ごめんごめん、あのさ、シートもっと下げて。普段、助手席に人乗せることないから1番前になってたでしょ。そう、そこのレバー下げたらシートが後ろまでさがるから。」
あたしの説明で道明寺が足元のレバーを操作しているけれど、なかなかシートが下がらない。
「出来ない?待って、あたしがやってあげる。」
信号はまだ赤だ。あたしは手を伸ばし道明寺の足元のレバーに手をかける。すると、道明寺も同じところを押さえていたのか、あたしの手と道明寺の手が重なった。
ドキリとして、思わずレバーを下げる手に力が入る。すると、勢いよくシートが後ろに移動し、道明寺の身体がガクンと揺れた。
「ご、ごめん!大丈夫?」
「おまえさ、相変わらず乱暴だな。」
「違うって、力が入っちゃって、」
「信号、青だぞ。」
「あー、ほんとだ、発車しまーす。」
ダメだ。
動揺してる所を見せないように取り繕うと、余計におかしな事になる。
さっきまで意識していなかったのに、今はこの運転席と助手席の距離感でさえドキドキしてしまう。
久しぶりに聞く低い声。緩くカールした髪。長い指。香水の香り。どれもが懐かしくて甘く痺れる。
「それにしても、なーんにもねーな。」
そう呟く道明寺は車の窓から町並みを見ている。
「せっかく視察で来たのに、なーんにも無さすぎてびっくりした?」
「おう。」
きっと視察団もガッカリしただろう。
そんなあたしの心配とは裏腹に、道明寺はあたしの方を見て、
「俺の視察の目的は別のところだからいーけどな。」
と言って、意味深に笑った。
………………
用心に用心を重ねて、お店は個室のある定食屋にした。
それでも、お店の店員達が道明寺をキラキラした目で見て落ち着かない。
テキトーにつまめるものを何種類か注文し、ようやく一息ついて正面を見ると、こちらを見ている道明寺と目が合った。
「ひ、久しぶりだね。」
思わず出たその言葉に、道明寺は待ってましたと言うばかりに噛み付いてくる。
「毎年、学長の誕生日には邸に帰ってくる約束だろ。」
「でもっ、先に破ったのはそっちでしょ。」
「仕方ねーだろ。俺は帰りたくても親父が許してくれねーから、」
「あたしだって仕事だもん、仕方ないでしょ。」
1年目は道明寺がNYから帰国できなくて、2年目はあたしが北海道から行けなくて、結局2年連続でお互い約束を破った。
「会長が会いたがってたぞ。去年は学長になって20年目の節目年だったから、すげぇ招待客も多くてマスコミも来て大変だった。」
「知ってる。役場の待合室に置いてある週刊誌で読んだから。……美音さんも来てたんでしょ?」
「あー、ちょうど日本に帰国してたみたいだな。」
「3人で仲良く並んだ写真も見たし。」
あたしはそう言ったあと、言わなきゃ良かったと、慌て顔を伏せる。
去年の学長の誕生日パーティーはいつにも増して華やかだった。道明寺が言うように、マスコミもたくさん来て、雑誌やテレビでも取り上げられているのを何度も目にした。
その度に出てきたのが、学長を真ん中にして両側に立つ道明寺と美音さんの写真。
道明寺財閥の御曹司と、その幼なじみで婚約者だと紹介されている美音さん。
相変わらず綺麗で、悔しいくらいにお似合いの2人。
それを見て、今年は行かなくて正解だったと1人やけ酒をしたのを覚えている。
モヤモヤとした気持ちをまた思い出してしまい、少し大きめの唐揚げを口の中に放り込んだ時、道明寺が言った。
「ホテルに行こうぜ。」
「っ!ゲホッ……ゴホゴホ……はぁ?あんた、何言って、」
「俺の滞在してるホテルの部屋。タマもおまえの顔見たいって言ってたから、部屋からテレビ電話で……、つーか、おまえなんか変な想像してねぇ?」
「してないっ、してないっ!あんたの言い方がおかしいでしょ!」
「勘違いさせたか?クック……俺的には流れが早くて助かるけど。」
「っ!頭おかしいでしょあんた。」
ほんと、この人といると、調子が狂う。どこまでが冗談でどこまでが本気か分からない。
お酒も飲んでいないのに顔が火照って熱くなってきた。
さっさと食事を終わらせて、解散した方が良さそうだ。
「明日はスキー場の視察でしょ?ゴンドラに乗って上まで行くって言ってたから、早く寝ておかないと大変だよ。」
「おー、視察団のスケジュールまで知ってるのかよ。」
「当たり前でしょ。これでも観光課の職員なんで。」
得意げに役場のネームをチラつかせると、道明寺はそれをチラッと見たあと、あたしを真っ直ぐに見て言った。
「仕事が順調なのはわかったけどよ、いつになったら俺と恋愛するつもりだ?」
「っ!、なに、急に」
「急じゃねー。俺はずっと待ってんだけど。まずは仕事を優先して自立してからじゃねーと恋愛はしないって言ったおまえを。2年半だぞ、そろそろいーんじゃね?そう思って、今回はおまえのことを視察に来た。」
「あたしのことを視察に?」
「おう、たまたま外資系ホテルの建設の話が持ち上がってきたから、うまく便乗しておいた。」
「あ、あんたって、……イカれてる。」
「クックックッ……」
相変わらず押しが強いのはこの男の習性。
その押しに、素直に首を縦に出来ないのも、あたしの習性。
もう、この2年半で自分の気持ちは痛いほど分かっている。
だからこうやって道明寺からのストレートな愛情表現は嬉しいくせに、どうしたら可愛らしく応えることが出来るのだろうか。
それを考えただけで、また顔が火照り始め、あたしは道明寺から視線を逸らした。
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