眠れない夜 35

眠れない夜

「牧野さーん、今月の広報に載せる写真、これでいい?」

「はい、それでお願いします!それと、お祭りの日程も目立つところに大きく入れたいんですけど。」

「了解〜!!」

ここは北海道にある人口5万人弱の小さな町。

大自然に囲まれたこの町は、夏はキャンプ、冬はスキーが楽しめて、町民の約3倍の観光客が訪れる。

あたしはそんな町の『観光課』で働き始めてあっという間に2年半が経った。

お昼休憩。役場を出て同期の仲間と目の前のお蕎麦屋さんへと向かう。

天ぷらそばを注文して待っていると、店の入口から見知った顔が現れた。

「あ、げんさん。」

「おー、役場のお嬢たち。」

「やめてくださいよ、その呼び方。」

町で電気屋を営んでいるげんさん。顔が広くて、この町で知らない人はいない。

「昼から役場に行く予定なんだ。」

「なんかあったんですか?」

「スキー場のリフト小屋の電気が付かないって連絡が来て、観光課の佐々木課長と見に行ってくる。あそこもだいぶ古いからね、配線から取替えないとダメかもしれんなぁ。」

昔は町営でやっていたスキー場。今は民間委託で運営されているけれど、小さな町だから実質役場がほとんど管理していると言ってもおかしくない。

もう古くて、最近は色々とガタがきてて、修理費も馬鹿にならない。

「スキー場のオープンまでまだ半年もありますけど、もう取り掛かるんですね。」

運ばれてきた天ぷらそばを食べながら同期の恵美ちゃんが聞く。

「オープンまでは日数があるけど、来月、お偉いさんたちが視察に来るって言うからさ。」

「お偉いさん?」

「聞いてないかい?外資系ホテルのオーナーがスキー客に目を付けてて、この町を含めた3つの町の視察に来る予定なんだってよ。」

げんさんのその話を聞いて、あたしと恵美ちゃんは顔を見合わせる。

そういえば、1週間ほど前の会議で、そんな話題が出ていた。

ここ最近、北海道にスキーに訪れる外国人は右肩上がりだ。ここは海外か?と勘違いしてしまうくらい、冬は異国感溢れる街並みに変わってしまう。

そこに目をつけた外資系のホテルが続々とこの近辺の町にホテルを建て始め、近隣の町では2年間で5つもの建設ラッシュ。

その波がいよいよあたし達の町にもやってきたのだ。

視察団は20人ほどで、スキー場だけじゃなく、地元のレストランやタクシー会社、バス会社など1週間ほどかけてゆっくりと見ていく予定だと聞いている。

「観光課も忙しくなるだろうよ。」

「でも、具体的な話はまだ何も、」

「そりゃそうさ。町民に知られたら大変だからね。」

げんさんが渋い顔で言うのも無理は無い。

町にとっては、お金を落としていってくれる観光客が増えるのは有難いことだ。でも、町民にとっては静かなこの町が様変わりしてしまうのは受け入れ難いのだ。

去年の町民アンケートでは、約7割が観光地としての町を望まないという声が上がった。

「町長も、板挟みで辛いだろうさ。」

「そうですね。。。」

………………

それから、1ヶ月後。

予定していた視察団がわが町にやってきた。

飛行場から約40分かけて役場が手配したバスに乗り役場の前に到着した視察団は、日本人の通訳なども含めて約20人。

「来たよ来たよっ!会議室に案内して。」

小さな役場がザワザワと慌ただしくなる。

「とりあえず、アイスコーヒー、冷たいお茶も用意して、好きな方選んでもらおうか。」

課長のその声に、あたしを含め女性職員たちが動く。

給湯室でコップに氷を次々と用意していると、そのすぐ横の通路を視察団が通り過ぎていく。

その後ろ姿をパッと見た感じでは、年配の白人男性が半数、女性が5人くらいか、そして、通訳らしき日本人が数人。

すると、お茶を入れているあたしたちのそばに隣の課の近藤さんが近付いてきて、

「ねぇ、みんな、見た?御一行!」

と、興奮気味に言ってくる。

「なになに?どした?」

「すっごい、イケメンがいるのよっ!」

近藤さんはイケメンに目がない。最近は韓国のボーイズグループの追っかけに夢中の40代だ。

「そりゃそうでしょ。海外の人って、彫りが深くてみんなイケメンに見えるよね〜。」

「違うってば!そうじゃなくて、通訳で来てる男の子がものすっごくイケメンなの!」

「えっ?日本人?」

「そう!背も高くて、イケメンで、英語もペラペラ。あんたたち、お茶出す時に見ておいで!」

近藤さんがそう言うと、先輩女子職員たちがあたしの手からお盆を奪い、

「行ってきまーす!」

と、張りきって会議室へと向かう。

あたしと恵美ちゃんはそれを笑いながら見つめ、

「行ってらっしゃーい!」と手を振った。

それから数分後、お茶を持って行った職員がバタバタと給湯室に戻ってくるなり、

「まじで、イケメン!」

と、目を輝かせて言う。

「あれさ、20代だよね。私がもう少し若かったらアタックしてるのになぁ。」

「何言ってんの!一周りも歳が違うんだから無理だって!あの人、通訳だよね?どこの会社の人なんだろう。」

「名刺でも貰っておく?」

「そうしよっ!町長に言って、視察期間中に食事会でも開かせよ〜。」

「それいいー!役場と視察団との交流を深める食事会ね!」

勝手に話を進める先輩たち。

先輩たちをこれだけ喜ばせちゃう罪な男とはどんな人なのか。

あたしも少しだけ興味が湧いてきた。

すると、恵美ちゃんも、

「そんなにかっこいいんですか?」

と、聞く。

「うん!牧野さんと2人で会議室覗いておいで!こっちの窓から見たら、ちょうど顔が見えるはずだから。」

と、先輩たちがあたし達の背中を押す。

行く?少しだけ見てこようか。恵美ちゃんと目配せし、あたし達は会議室に向かって静かに歩いていく。

と、その時、

会議室の扉が急に開き、視察団の一行が出てきたのだ。

慌てて廊下の端に立つあたしと恵美ちゃん。

その前を、一行が通り過ぎていく。

軽く会釈をしながらその人達を見送っていると、1番後ろから来る背の高い男の人と目が合った。

「っ!………。」

あたしの目の前に来て立ち止まり、

「よぉ。」と声をかけるこの人。

それは、2年半ぶりに会う、道明寺だった。

「ど……みょうじ?」

「元気だったか?」

すると、その光景を見ていた近藤さんが、

「牧野さん、イケメンと知り合い?!」

叫んでくる。

それを聞いて、道明寺が顔をクシャッとさせて笑ったあと、

「また、後でな。」

と言って、一行のあとに消えていった。

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