牧野と想いが通じたというのに、年が明けてもなかなか距離が縮まらない。
それに追い打ちをかけるように、卒業式を前にして俺はNY支社での研修が始まり、牧野は就職準備のため実家に帰ることが決まった。
牧野がこの邸で暮らし始めて10ヶ月。ババァや姉ちゃん、そしてタマをはじめ使用人たちともすっかり仲良くなった。
だから、牧野がこの邸を出ていく日が決まったと告げた時、いつも鬼の形相のタマの目から大粒の涙が流れ、周りの者を驚かせた。
「いやいや、俺がNYに行くと言っても、そんなに悲しまねぇくせに、牧野が出ていくって聞いただけで泣くなよ。」
「それは、坊ちゃんは直ぐに帰ってくるじゃないですかっ。」
「すぐって、半年後だぞ。」
「でも、帰ってくると分かっているから安心ですけど、つくしは……」
「牧野だって同じだ。」
俺がそう言うと、ババァも姉ちゃんも、そして牧野本人も俺を見つめる。
「牧野だって、帰ってくる。そうだろ?おまえにとってここは第2の家なんだから、就職したって時々は帰ってくるに決まってんだろ。」
当たり前のように……いや、そう願いを込めて言ってやる。
すると、姉ちゃんが俺の背中を思いっきりバシッと叩きながら、
「司、あんたほんといいこと言うわね!私、なんか感動しちゃった。」
とぐすぐす涙ぐみながら言ってやがる。
「そうよ、つくしさん。ここはあなたの第2の家なんですから、いつでも遊びに来てちょうだい。あなたの部屋はそのままに残しておくから。」
ババァがそう言うと、牧野も目を赤くさせながら、
「ありがとうございます」と頭を下げた。
その日の夜、ベッドの上でパソコンを開いていると、携帯が鳴った。
牧野から珍しくメールだ。
「道明寺、寝た?」
「いや、起きてる。」
「少し話せる?」
電話で?それとも会ってか?どちらにしても胸が高鳴る。
返信に手間取っていると、
「少し散歩しよう。エントランスで待ってる。暖かい格好できて。」
と入り、俺は急いでダウンのコートを手につかみ部屋を出た。
………………
2月の中旬、外の空気はピーンと張り詰めるほど寒い。邸の木々もすっかり葉を落としてしまっていて、どこか寂しげだ。
そこを牧野と並んで歩く。
「初めてここに来た時、おとぎ話の世界に迷い込んだかと思ったなぁ。」
「大袈裟だろ。」
「生まれてからずっとここに居るあんたは気づかないの、ここがどんなに特別なところかって。」
「ふーん、そーか?」
「ようやく、夢から現実に戻るんだなぁ、あたし。」
そう呟きながら、ライトアップされた邸全体を見つめる牧野。
そして、その後、真っ直ぐに俺に視線を合わせて言った。
「道明寺、ごめん。」
牧野がなぜ謝ってきたのか、俺はすぐにわかった。
「……謝んな。」
「あたし、道明寺とは、このままの関係でいたいの。」
予想はしていたけれど、実際に牧野の口から言われると胸が締め付けられるほど辛い。
「あたし、今まで親に散々迷惑かけてきたし、道明寺邸の皆さんにも感謝しきれないほどお世話になった。だから、まずは働いて自立して、ちゃんと自分の足で立ってる姿を見せたいの。」
「俺は邪魔かよ。」
「そ、そーじゃなくてっ、……中途半端な気持ちではあんたとは付き合えない。それだけ、あたしにとってあんたの存在は……大事だから。簡単に決めて後悔したくないの。」
「ずりぃーな。」
俺は牧野から視線を逸らして天を見上げる。
「おまえさ、最後までそうなんだよな。」
「ん?」
「逃げて逃げて、全然捕まらねーの。けど、たぶん俺、おまえのそういうとこが1番好きだから仕方ねぇのかもな。」
「な、なにそれ。」
「俺っていう天下の司様と一緒にいるから幸せ
だなんて1mmも思ってねーじゃん。むしろ、自分の幸せは自分で決めるから、放っておいてくれって。」
「そんなの当たり前でしょ。幸せって人に頼るものじゃないし。」
「プッ……それだよそれ。おまえのそういう真っ直ぐなとこに惚れてる。」
この期に及んでもまだ「好き」だの「惚れてる」だの口から出てしまう自分が情けない。
けど、これだけはハッキリさせておきたい。
「おまえの気持ちはわかった。でも、俺はこのまま諦めようとは思ってねーから。」
「……道明寺。」
「牧野、約束しよーぜ。毎年、祖父の誕生日パーティーには邸に帰ってこい。おまえが付き合いてぇと思えるような男になるまで、何年でもチャレンジしてやるよ。」
7月の会長の誕生日。
1年に1回だけでも、会えるという約束を取り付けたい。
困った顔で俺を見あげてくるこいつに、俺は自分の首からマフラーを外し、
「約束だからな。」
そう言って優しく巻いてやった。
………………
それから2年後。
邸の中庭で毎年恒例の華やかなバースデーパーティーが開かれている。
主役はもちろん、英徳大学の学長である祖父。
ステージではオーケストラの生演奏が流れ、両脇にはシェフが腕を奮った料理が並んでいる。
そして、会場のど真ん中のテーブル席で俺はF3達とワインをもう既に2本空けている。
「おいおい司、ハイペースすぎんじゃね?」
「ほっとけ。」
「そんなに、落ち込むなって。女は他にも沢山いんだろ。」
そう言って総二郎とあきらが招待客の女たちをヤラシイ目でみる。
そんなバカ2人は無視してワイングラスをガブッと空けると、俺を呆れたように見ながら類が言う。
「去年は司がNYから帰って来れなくて会えなかったし、今年は牧野が仕事が忙しくて来れないし、結局2年間、会ってないんでしょ。」
「…………。」
「そんなに会いたいなら、会いに行けばいいじゃん。北海道なら2時間もあれば行けるでしょ。」
「はぁー。。理由がねーし。」
「理由って……まったく。俺が付いて行ってやろーか?そして、牧野に言ってやるよ。会いたくて会いたくて死にそうな男がいるって。」
牧野との約束は結局2年連続不発に終わった。
その間、電話では何度か話はした。
でも、ババァや姉ちゃんを交えての電話で、プライベートなことまでは触れていない。
もしかして、職場で好きな男でもできたか?
時々、そんなことが頭をよぎり、相も変わらず自分の気持ちが変わっていないことを思い知らされる日々だ。
「さすがに、もうムリかもな。」
思わず、そう呟くと、
あきらが俺を可哀想な目で見ながら、
「そうだ、司。もう諦めて次の恋にいけ。」
と、慰める。
「ちげーよ、ばか。」
「あ?」
「さすがに、これ以上は待つのは無理だって言ってんだ。会いたくて息絶える前に、こっちから行くしかねーだろ。」
そんな俺を見て、類だけがアハハハーと嬉しそうに笑った。
それから1ヶ月ほど経った頃、俺に絶好のチャンスが巡ってきた。
会いに行く『理由』とやらが見つかったのだ。

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