「で?司とは最近どーなの?」
大学内にあるベンチでいつものように講義の合間の休憩を取っていると、横のベンチで昼寝をしていると思っていた類が急にそんなことを言い出した。
「コホッ!な、なに、急にっ。」
「んー、司の機嫌があんまり良くないから、牧野と上手くいってないのかなーと思って。」
栗色の目を輝かせながら好奇心いっぱいの顔であたしを見つめる。
「う、上手くって、別にあたしたちそんな仲じゃないしっ。」
「まーだそんな事言ってんだ。どおりで司も不機嫌って訳か。司も結構辛抱強いんだね、俺だったら強引に押し倒してさっさとモノにするけどね。」
「は、花沢類っ!」
「ハハハハ……冗談冗談。」
珍しく大爆笑してるこの人の横で、あたしは火照る頬を必死に隠すのが精一杯だった。
美音さんとの事件があって2ヶ月がすぎた。
道明寺と美音さんは完全に別れて、今はほとんど連絡も取っていないらしい。
あたしたち4年生はあと少しで卒業し、それぞれの道に進む。
道明寺はもちろん家業を継ぎ、あたしは公務員として北海道へ行く。
別々の未来がそこまで迫ってきているのに、一時の感情だけで易々と行動するなんて事が出来ない性格なのは、あたし自身が1番分かっている。
好きだと口に出してしまったら、もう後戻り出来そうになくて怖い。
だから、何となく道明寺と2人きりになることを避けてしまう日々。
そしてあっという間に季節も変わり12月も後半。
去年までは家族揃ってコタツに入りながらケーキを食べたクリスマスも、今年は道明寺邸で開かれた家族だけのおしゃれなパーティーに参加していた。
お料理もお酒もデザートも、どれも素晴らしく美味しくて、
「おいっ、大丈夫かよ。」
という道明寺の制しも聞き流し、シャンパンを5杯も飲んでしまった。
案の定、23時のお開きの時間には完璧な酔っ払い。
「いいのよ、いいのよ。普段は真面目なつくしちゃんもこんな時くらい気を抜いて楽しまなくちゃ。」
と、楓さんと椿さんは笑ってくれるけど、道明寺だけは怖い顔のままあたしを見てる。
ふんっ、相変わらず不機嫌な男。
最近はまともに口も聞いていない。
そんな道明寺からの視線を避けて自室に戻ると、あたしはカーディガンを脱ぎ捨ててキャミソールのままベッドの上にゴロンと横になった。
「はぁーーー、お腹いっぱい……楽しかったぁ。」
そう呟き目を閉じる。どれくらいたった頃だろう、コンコンと静かにドアがノックされる音で目が覚めた。
「はぁ〜い。」
と、おぼつかない足取りでドアに向かい、ガバッと扉を開けると、そこには道明寺が立っていた。
「……道明寺?」
あたしがそう呼ぶと、なぜかこの人は急に視線を逸らし横をむく。
「なに?なんか用?」
「おう……っつーか、おまえその格好どうにかしろよ。」
「え?……あ゛っ!!」
言われて気付く。あたしの今の姿はキャミソールだけ、肩からはブラの紐も見えている、なんとも言えない破廉恥な姿だったのだ。
「ちょっ、ちょっと待って、見ないで!」
慌てて部屋に戻ろうとした時、隣の部屋の扉が微かに開くのが見えた。
そこはタマさんの部屋だ。今、この状況のあたしたちをタマさんに見られでもしたら、変な誤解をされるかもしれない。
そう咄嗟に考えたあたしは、道明寺の腕を思いっきり引っ張り、部屋の中に連れ込む。
「お、おっつ!」
「しっ!!タマさんに見られるからっ静かにして。」
コクコクと無言で頷いた道明寺は、息を潜めて隣の部屋の様子を伺っている。
すると、タマさんがあたしの部屋の扉の前まで来ると、「つくし、起きてるかい?」
と、扉をノックしたのだ。
正しく最悪の展開。
お互い顔を見合せたあと、「ベッドに隠れて!」とあたしが道明寺に小声で指図する。
ここの部屋はさほど広い造りでは無いから、ベッド以外にこの大男が隠れる場所なんてない。
言われるがままベッドに隠れる道明寺を確認したあと、あたしはゆっくりと扉を開けた。
「つくし、大丈夫かい?これ食あたりの薬だから、飲んで寝るといいよ。」
そう言ってあたしの手のひらに小さな粒を乗せてくれるタマさん。
「ありがとうございます。」
「もう寝るところだったかい?ちゃんと着て寝ないと風邪ひくからね。」
むき出しの肩を見つめてそう言ったタマさんは、
「さぁ、ベッドにお入り。」と、道明寺が隠れているベッドを指さす。
ベッドに入るのも気まずいし、かと言ってタマさんに怪しまれるのも避けたい。
渋々とタマさんが見守る中ベッドに近付き、そっと端っこの方に身体を入れる。
それを見たタマさんは
「明日はゆっくり起きておいで。」
と言って電気を消して部屋を出ていった。
………………
「…………道明寺、もう出てきても大丈夫。」
「行ったか?」
「ん。」
ようやくベッドから顔だけのぞかせる道明寺。その頭はいつも以上にクルクルになっていて思わず笑ってしまう。
「プッ…髪の毛、グチャグチャ。」
「仕方ねーだろ。はぁーー、マジでビビった。こんな時間にお前の部屋にいる事がタマにバレたら、半殺しだぞ。」
「半殺しじゃすまないと思うけど。」
「だな。」
そう言って、お互い顔を見合わせながら静かに笑うあたしたち。
あ……道明寺が笑ってる。
ここ最近、不機嫌そうなこの人しか見ていなかったから、久しぶりにこんな風に笑う姿を見た。
「……久しぶり、あんたが笑ってるの。」
「あ?」
「笑うとすこーしだけえくぼが出るよね。」
そう言って道明寺の左の頬に人指し指を近付けると、その手を掴まれて、見つめ返される。
「ハァー……ったく、おまえは人の気もしらねーで。」
「ん?」
「避けられてんのに、ニコニコ笑ってられるほど鈍感じゃねーよ俺は。」
「避けられてるって、…あたしに?」
「ああ。俺と距離を置こうとしてるだろ。」
本人にバレてるとは思っていなかったけれど、避けてたのは本当だから否定できない。
「そんなに俺が嫌いかよ。」
そう呟く道明寺はあたしの人差し指を離し、その代わりに手をぎゅっと握ってきた。
「……嫌いじゃ、ないよ。」
「好きになるには、後どのくらいかかる?」
まるで捨てられた子犬のようにあたしを不安げに見つめるこの人が、切なくて可愛くて愛しい。
この人の側にいると、せっかく隠していた気持ちも、あっという間に滲み出てしまう。
「フフ……、何よそれ。」
「本気で聞いてる。答えろ。」
やっぱり5杯もシャンパンなんか飲むんじゃなかった。
今日は気持ちのストッパーが制御不能。
「……もう、なってる。」
あたしがそう呟くと、ほんの少し道明寺が考えたあと、
「早く言えよ、バカ。」
そう小さく言いながら、握っていた手を自分の方に引き寄せ、あたしの身体を抱きしめた。
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