眠れない夜 32

眠れない夜

翌日、いつもより30分早くエントランスへ下りて行くと、運転手の焦った声が聞こえてくる。

「お待ちくださいっ、もう少しで司様もいらっしゃいますので!」

それに、

「大丈夫です。ちょっと寄るところがあるので今日はバスで行きますので。」

と、牧野の声。

思った通りだ。俺を避けて車で登校しないつもりのこいつ。

「おいっ、寄る所ってどこだよ。」

そう言って近付くと、マズイという顔で視線を逸らす牧野を見て、昨夜のことを思い出す。

正直、昨夜はほとんど眠れなかった。

「迷惑だ。」と言われ、真っ向から拒否されどん底に落ちた。

でもそのおかげで吹っ切れた。

確かにこいつの言う通りだ。

まだ美音との関係をきちんと整理出来ていない今、感情のまま動くと「浮気」だと思われ牧野を巻き込む事になる。

それは自分の意に反する事だし、ババァや姉ちゃんに知られでもしたら、半殺しでもきかないだろう。

だから、牧野にきっぱり拒絶されてむしろ良かった。

一方的に好意を寄せて付きまとい、困らせているのは俺の方。

そこがはっきりした今、まずは美音との関係を見直すのが先決。

ただ、内心はかなり凹んでいる。

一緒に居る時の牧野は自然体で、俺たちの関係は悪くないと思っていた。少なくとも、「迷惑だ」と言われるほど、嫌われているとは思っていなかった。

だから、諦めるか?そう昨夜は考えもしたけれど、速攻でその考えは打ち消す。

どうやら、俺はかなりこいつに惚れてるらしい。

「寄りてぇとこがあんなら、どこでも寄ってやる。だから、車に乗れ。」

俺はそう言って牧野のリュックを掴み車に連れていく。

そしていつものように並んで後部座席に座ると、

「そのまま学校までお願いします。」

と、牧野が運転手に告げた。

車が動き出し、しばらく経ったところで俺は牧野に言った。

「俺は諦めるつもりはねーから。」

「…?」

「ごめんな。」

「なっ!なによ、……あんたらしくない。」

「おまえを巻き込むつもりはねーけど……、俺は好きな女を、好きじゃねぇ振りは出来ねぇから。」

「…………。」

「美音ときちんと話す。だから、迷惑でも重荷でも、好きになるなとは言わないでくれ。」

俯いて戸惑うような表情の牧野。

それを見て、素直に想いが溢れる。

「んな顔すんなって。またおまえに触れたくなんだろ。」

「っ、ど、どうしてあんたはそういうことっ」

今度は完全にゆでダコの様に赤くなった牧野を見て、

「マジで飽きねぇなおまえって。」

と呟いて笑った。

………………

その日の夜、1週間ぶりに美音と会った。

美音に証拠の写真を突きつけた日以来だ。

「司……」

「おう。」

待ち合わせ場所にやってきた美音は、だいぶやつれたように見える。

「体調はどうだ?心臓の病院には通ってんだろ?」

「うん。」

美音とは今まで色々あったけれど、やっぱりこうして会えば大切な存在だというのは変わりない。

恋焦がれたり、嫉妬したり、会いたくて堪らなくなったり、そういう想いを美音と経験してきた。

けれど、今思えば、俺たちの関係はあの2年前の別れで終わっていたのだろう。

俺自身、美音のことをずっと引きずっていると思っていたけれど、そうじゃなかった。

再会して美音と過ごす時間が増えても、俺の中であの熱かった想いは蘇ることはなかった。

それは牧野に出会ったからではない。

もう、美音に対する想いが過去のものになっていたからだ。

「牧野さんと話したの。」

「おう、あいつから聞いた。被害届は出さないって。」

「……ほんとにごめんなさい。簡単に許される事じゃないのに。」

美音の憔悴した顔を見れば、反省してるのはわかる。

「美音。今度牧野に近付いたら、今度こそ俺が許さねぇぞ。」

「ん。……司……好きなんでしょ、彼女のこと。」

「ああ。」

今日、美音にきちんと牧野への想いを伝えるつもりできた。だから迷わず、そう答えると、

「少しはためらってよ。」

と、目をうるませながら苦笑する美音。

「……わりぃ。でも、もう誤魔化すのは無理なんだ。」

「そんなに彼女が好き?」

「ああ。」

「私の時より?」

苦痛な表情でそう聞く美音に、俺は残酷な答えをする。

「比べられるもんじゃねーけど、地の果てまで追ってやろうと思ってるくらいに、あいつが好きだ。」

そう答えるのと同時に、美音の目から雫が1つ頬を伝う。

「フッ……フフフ……司らしい答え。」

「……だろ?」

「牧野さんに同情するわ。」

「フッ……」

お互い顔を見合せて笑う俺たち。

俺にとって美音は最高の女だ。

それは昔も今も変わらない。

「美音、今までありがとうな。」

「うん。司、幸せになってね。」

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