ドンッ!ボンッ!バシッ!!
「痛ってぇ!おまえさ、少しは手加減しろよっ。」
「はぁ?突然おかしなことしてきて、何よあんたっ!」
バシッ!!
もう一度俺の胸を思いっきり叩く牧野の耳が照れているのか真っ赤なのに気付き、俺の顔が緩む。
「な、なに笑ってんのよっ。」
「あ?……まぁ、色々と。」
そう言いながらその赤い耳にそっと触れるとビクッと身体を跳ねらせたあと、両手でさっきよりも強く俺の胸を押し返す。
その反動で俺はソファーの背もたれに倒れ、牧野は逃げようと立ち上がる。
「待て。」
「離して、変態。」
いつもの暴言が甘く聞こえるほどたった1回のキスで胸が満たされている。
と、その時、
コンコン「司〜、つくしちゃん見なかった?」
と、部屋の扉が開き姉ちゃんが顔を出した。
ソファーに倒れ込む俺と、それを見下ろす牧野の図。
「……つくしちゃん、ここに居たのね。」
「あ、はいっ。」
「実家から帰ったって聞いて……」
そこまで言った姉ちゃんが、驚いたように俺の顔を見たあと、
「つくしちゃん。司と喧嘩するのは構わないけど、ちょっとそれはやりすぎよね。」
と、珍しく俺の見方をし始めた。
「え?」
「殴るなら顔以外のところにしてやってくれるかしら。一応、こんな弟でも顔に傷がつくと色々と困るのよね。」
その言葉で、姉ちゃんが盛大に誤解してることに気づく。
どうやら、類に殴られた時にできた唇の傷を牧野の仕業だと勘違いしてるらしい。
「プッ……」吹き出す俺と、
「えっ!あっ、違いますっ!これは私じゃなくてっ!」
と、慌てる牧野。
そんな光景を、お茶を持ってきたタマが見て、
「つくしが帰ってくると、邸が明るくなっていいですね〜。」と、微笑んだ。
……………………
それから30分後。俺たちは姉ちゃんの部屋に場所を移し牧野が買ってきたお土産を開いていた。
「つくしちゃん、ご両親はお元気だった?」
「はい、お陰様で。」
「急に新潟に帰るって聞いて……、何も持たせなくてごめんなさいね。」
「いいんです!いつも沢山頂いてますから。」
「それで…………、」
その先をなかなか言い辛そうにしている姉ちゃん。姉ちゃんがなぜ俺たちを部屋に呼んだのか。
それは俺も分かっているし、聞きたいのは俺もおなじ。
「牧野、美音のこと考えたか?」
「うん。」
「つくしちゃん、司から全部聞いたわ。ショックだったでしょ。私も怒りでどうにかなりそうよ。これからの事だけど、警察や弁護士との話し合いにはつくしちゃん1人で行かない方がいいと思うの。私かお母様が一緒に、」
「椿さん、」
「ん?」
「あたし、被害届は出さない事にしたんです。」
「っ!」
「牧野、おまえよく考えろっ。」
「考えたよ。あれからずっと考えてた。美音さんのした事は許せないけど、あたしにも責任があるし。」
「責任?」
姉ちゃんがそう聞くと、牧野は俺の方をチラッと見たあと、
「道明寺との距離が近すぎて、美音さんに誤解を与えた。それが無ければ美音さんもこんな事、」
「それは違うわっ!仮に美音が嫉妬心からこんな嫌がらせをしたとしても、決して許されることじゃないの。」
姉ちゃんの目が潤んでいるように見える。
「明日、美音さんに会ってきます。」
「美音に?」
「新潟にいる時に美音さんから連絡が来て、会って謝りたいって。明日、きちんと彼女と話してきます。そこで反省の色がちゃんとあれば、もう今回のことは終わりにするつもりです。」
「つくしちゃん、本当にそれでいいの?」
「はい。」
牧野のその言葉と表情から、もうこいつの気持ちは変わらないのだろう。
「分かった。俺たちはおまえの意思に従う。」
俺はそう言って牧野の目を真っ直ぐに見つめた。
……………………
翌日。
特に用事もないのに、邸で一日中過ごしソワソワと落ち着かない。
昼過ぎに牧野は出かけて行った。
どこで何時に美音と会う約束をしているのかは聞かなかった。
聞けば、じっとしていられないと分かっているから。
無駄に邸をウロウロと歩き回り、今か今かとエントランスへ様子を見に行く。
すると、ようやく夕方過ぎに牧野が邸に戻ってきた。
玄関ドアを開けるなり、俺がいることに気付き、
「おっつ、びっくりした!」と驚く。
「どうだった?」
「何が?」
「何がって美音だよっ!またあいつ、おまえに変なこと言ってきたりしてねーよな?」
「あんたって人は……よく自分の彼女のことそんな風に言うわよね。」
呆れたようにそう言う牧野。
「彼女って…………俺はもう、」
「とにかく、今回の件はもう落着したの。美音さんとも和解してきたし、あたしのすることは終わり。あとは、彼氏のあんたがフォローしてあげて。」
そう言って自室へと向かおうとする牧野の腕を掴み、
「ふざけてんのかよっ。」
と、怒りを抑えながら呟く。
「…道明寺?」
「無かったことにすんなバカ。俺はおまえのことが、」
もう一度、俺は言葉に出して好きだと伝えようとした。
でも、牧野が静かに言った。
「迷惑だから。」
「……あ?」
牧野の側に近寄り聞き返す。
すると、こいつは俺を真っ直ぐ見上げて言った。
「今回の脅迫や嫌がらせは美音さんの誤解が原因だと思ってる。でも、もしこれ以上あたし達の距離が近付いたら、それは誤解じゃなくなる。今日、美音さんは泣きながら謝ってくれた。それを裏切る様なことはしたくないの。だから、きちんと距離を保って欲しい。昨日みたいなことがないように。」

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