部屋に戻りタバコの悪臭が染み付いた服を脱ぎ捨てると、ようやく少しだけ頭痛が和らいできた。
今日は長い1日だった。
このまま目を閉じて、明日の朝になれば全てを忘れてしまっていたい。
そう逃避してしまいそうになる思考を、トントンとノックする音が再び現実に引き戻した。
ドアを開けると、そこには緊張した顔付きの牧野が立っていた。
「わりぃな、こんな遅い時間に呼びつけて。」
「ううん。」
俺の部屋のソファに座るよう促し、俺もその隣に腰を下ろし、1つ深呼吸してから話しはじめた。
「おまえに脅迫文を送ったり、薬を飲ませてホテルに連れ込んだ犯人が分かった。」
「えっ?!」
「証拠もある。警察に行くなり、訴えるなり、おまえの好きにしろ。」
俺はそう言って、数枚の写真を目の前のテーブルに広げた。
「っ!……これって……」
「ああ、美音だ。」
「犯人が美音さんってこと?!」
「本人も認めた。」
……………………
遡ること10時間前。
あきらから電話があった。
「あの日、ホテルの防犯カメラに映ってた男女4人組を見つけたぞ。『何でも屋』を名乗ってかなり薄汚い仕事もしてる奴らだ。」
「どうやって見つけた?」
警察さえまだ行方を掴んでいないのに……。
「親父のところの若い運転手がコイツらを見たことがあるって。その運転手も落ちる所まで落ちて死まで考えてた所を親父が拾ってきた経緯があって、数年前はかなりワルだったらしいからな。」
「そいつらに連絡は取れるか?」
「ああ。運転手から連絡先は入手した。俺の親父の名前で呼び出しておいたからビビりあがって必ず来るはずだ。13時にここに行け。」
そう言ってあきらが俺にメモを手渡す。
「サンキュー。」
さすがあきら、仕事が早い。
こういう時、裏の社会に精通しているあきらは頼りになる。
13時。
待ち合わせ場所の喫茶店に行くと、カメラにうつっていた男が1人で座っていた。
陰気臭い、タバコの匂いが染み付いた店内。
いかにも、裏社会のヤツらが出入りしそうな場所だ。
それでも、あきらの親父さんの名が相当効いているのか、男は俺の質問に従順で、すぐに話を飲み込んだ。
「依頼人から金はいくら受けとった?」
「1です。」
「100万?」
「はい。」
「連絡手段は?」
「初めは電話がかかってきて、その後は1度だけ指定された公園で会いました。」
「もう一度、連絡することは?」
「いやぁ、もう金も受け取ったし無理だと思いますけど……、でも、あの日のホテルの動画があるから買って欲しいって脅せば来るかもしれません。」
それから5時間後。
古びた公園の木の影で待っていると、黒いキャップを目深にかぶり、普段は見せないジーンズ姿で近付いてくる人影。
それは、
間違いなく、美音だった。
信じたくない。できることなら、目をつぶってこの場から去りたい。
でも、もう決心したのだ。
だからこそ、こうして目の前で動かぬ証拠を掴もうと美音をおびき出したのだ。
キョロキョロと辺りを見回し落ち着きない美音の背中に俺は静かに言った。
「美音。」
「っ!……司?どうしてここに?」
「おまえは?」
「えっーと、私はたまたまこの辺を散歩してて、」
この期に及んで、苦しすぎる言い訳を並べる美音に心底反吐が出る。
「美音、もうそのくらいにしとけ。」
「……え?」
「おまえが待ってる奴は来ねーよ。」
「…………。」
「俺がそいつに頼んで美音をここに呼んでもらった。あきらにも協力してもらって、おまえがやった事は全部調べがついてる。」
そう言ってホテルの防犯カメラの写真や、美音が金を渡すところの写真をチラリと見せると、美音の顔から血の気が引いていく。
「調べって……いつから?」
「2週間ほど前からおまえの行動はすべて把握してる。牧野にまた同じようなことしかねないからな。」
俺がそう言うと、
美音は突然、思いっきり俺の頬を平手打ちしてきたのだ。
バシッ……
頬を叩く音とともに、美音の目から涙が溢れる。
「誰のせいだと思ってるのよっ!」
「あ?」
「司が全部悪いんだからっ!」
俺を睨みつけてそう叫ぶ美音。
それは、いつも優雅で気品溢れる姿とは違い、初めて美音が感情をぶちまけているかのように見える。
「あの子が来てから、司、変わったわ!昔は邸にいるのが嫌で私といつも出歩いていたのに、最近はすぐに邸に帰りたがるし、病気の私よりもあの子の心配ばかりしてるっ」
「…………。」
「今まで私たちの周りに居なかったタイプの子だから、ただ新鮮なだけなのよ、それが分からず振り回されて喜んでる司が大っ嫌い!」
「それが理由か?」
「……え?」
「そんな、くだらねーことが理由かって聞いてんだよ!」
今まで散々美音のわがままに付き合ってきたが、こうして俺が声を荒らげるのは初めてだ。
「あんな子、消えて欲しい。」
「……」
「心も身体もズタズタに壊して、司の前からいなくなって欲しい。」
「美音っ!」
思わず怒鳴ると、その場にしゃがみこみ肩を震わせながら美音が言った。
「そう思ってたけど……、実際は最後まで出来なかった。……怖くなって……途中で……」
ああ、知ってる。
昼間会った男から話は全部聞いた。
最初の計画では、牧野に薬を飲ませたあとホテルに移動させ、そこで本当に人を雇って乱暴させるつもりでいたらしい。
その直前、美音から電話を受け、
「やっぱりやらないで欲しい!ただホテルに寝かせて置くだけにしてくれ」と以来の変更があった。
男たちは金は当初の約束通りきっちり貰うことを条件に、ホテルに牧野を届け帰ろうとしたら、酒と薬のせいか牧野が嘔吐した。そこで、予定にはなかったが仲間の女2人で服をぬがせ、そこにあったバスローブに着替えさせホテルに置いてきた。
しゃがみこみ、泣きじゃくる美音。
そうさせたのは俺なのか。
「こんなやり方しか出来なかったのかよ。」
「……ンッ……ゴメン……」
「俺は許すつもりはねーよ。」
「……ウン……」
「今のこの会話は録音してある。それと、ここにある写真は全部牧野に渡すつもりだ。これを見てどうするかはあいつに委ねる。美音にまだ少しでも良心が残ってるなら、逃げも隠れもしないで、聞かれたら全て正直に話してくれ。」
そう言って、泣いている美音をそのままに俺はその場を後にした。
………………
牧野に今日1日の事を話し、ボイスレコーダーと写真を手渡す。
「大丈夫か?顔色がわりぃ。」
「大丈夫。ちょっと……考えさせて」
そう言ってソファーから立ち上がろうとした牧野は立ちくらみのようにふらつく。
「あぶねっ、もう少しここにいろ。」
再びソファーに座らせたあと、
「ごめんな。」
と、俺は呟く。
「俺のせいで、おまえを巻き込んで。」
「違う。あんたがどうのこうのって事じゃないの。ただ、あたしの存在が誰かにとってそんなに消えて欲しい存在だったんだと思ったら、なんか辛くて。」
「美音にそう思わせたのは俺だから。」
「あたしがこの邸に来なければ美音さんもこんな馬鹿な事、」
そう呟く牧野に、俺は今日1日、いやここ最近ずっと思っていたことを口にする。
「美音のやり方は完全に間違ってる。でも、美音が言ってることは間違いじゃねーんだよ。」
「……?」
「俺がおまえに対して抱いてる感情。少しでも一緒にいたくて邸での時間を増やしたり、バイト終わりに倒れてんじゃねーかと思っておまえの帰りが気になったり。そういう俺の感情が美音にも伝わってこんな事件を起こしたと思ってる。」
「…………。」
「自分の気持ちに気付いてんのに、曖昧にフラフラしてた俺がわりぃ。美音とは別れる。俺はおまえが、」
「道明寺っ、ちょ、ちょっと待って。」
「……あ?」
「あたし、……色々と消化しきれない。とりあえず疲れたから、休ませて。」
牧野の懇願するような目。
できるなら、引き寄せて抱きしめたい。
でも、どうやらまだこの溢れ出る感情を吐露するには早いようだ。
牧野を自室へと送り届けると、俺は大きく息を吐いた。
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コメント
やっぱり、司一筋さんですね
面白い、とても楽しみこれからの転回が、北海道行くのかな
司一筋さん、よろしくお願いします
末永く 楽しみたいです‼️
今回の物語はいつにも増してハラハラ、ドキドキ感があって何回も見返してしまいます‼️
2人が幸せになりますように❤️