9月中旬、類とふたりで出掛ける約束をした。
脅迫文や嫌がらせ、就活などでバタバタとした日々を過ごしていたから、こうしてのんびりと過ごすのは久しぶりだ。
大きな公園で草むらに並んで座り、時間を気にすることなくダラダラするのがこんなに幸せに感じるとは。
「牧野、最近は嫌がらせを受けてない?」
「うん。」
「相談して欲しかったなぁ。」
「……ごめん。でも、自分でもそんなに大事だとは思ってなくて、心配もかけたくなかったし……。」
あたしがそう話すと、類が少し拗ねたように言う。
「彼氏としては知っておきたいよ。」
その言葉にあたしはドキリとする。
「ねぇ、花沢類。その事なんだけど、」
そう切り出すと、急にゴロンと草むらに横になるこの人。
「聞いてる?」
「聞かない。」
「え?」
「だって、いい話じゃないでしょ、どうせ。」
類は分かっているのだろうか、あたしが何を話そうとしているのかを。
「類、あのね……あたし、彼女にはなれそうにないの。」
すると、ゆっくり起き上がり類があたしを見つめて聞く。
「それは俺がダメだから?それとも他の人が牧野の頭の中にいるから?」
「他の人?」
あたしはそう聞き返しながら、数秒間類と見つめ合う。
するとこの人はクスッと笑いながら、
「これが演技だとしたらアカデミー賞もんだよ。」
と、訳の分からないことを呟きながら、再びゴロンと横になり、唐突に
「別れたいってこと?」
と、聞く。
「んー、別れる…ってその言い方はなんか違う気がするなぁ。」
「ん?」
「初めはそのぉ、なんか流れでそうなったけど、結局あたし達って友達のままだと思うの。一緒にいて楽な存在だけど、これは恋じゃない。花沢類も分かってるでしょ?」
「わかんない、全然わかんない。だって、俺たちキスもしたよね?」
「だからっ!それは、言わない約束でしょ!」
「すぐ耳赤くなるとこが可愛いよね牧野は。」
「じゃあ、聞くけどっ、普通の恋人なら、久しぶりのデートで1時間以上も公園で昼寝する?」
そう、あたし達はこの会話をする前、近くの古本屋でたまたま見つけた12巻セットの漫画を買い、公園の芝生の上で日向ぼっこをしながら昼寝をしたのだ。
手を繋ぐわけでもなく、見つめ合うでもなく、ただケラケラと笑いどうでもいい事を話し、時間を過ごした。
「花沢類といると凄ーく癒されるけど、彼女と呼ばれるのは居心地が悪いの。」
「んー、どちらかと言えば、」
「熟年夫婦」
「熟年夫婦」
2人の声が揃ってしまい、次の瞬間、大爆笑するあたし達。
ひとしきり笑ったあと、
「ね?あたしたち、息は合うけど恋人っぽさはないでしょ?」
と聞くあたし。
すると、類も
「前世は双子の妹だったかも。」
と、笑いすぎて目を潤ませながら言った。
…………
夕方、12巻セットの漫画を片手に公園を出たところで、あたしの携帯がなった。
メールだ。
立ち止まり小さく息を吐く。
「牧野?どうかした?」
「うん。受かったって。」
「ん?」
「公務員試験、受かったの。」
え?という顔であたしの携帯を覗き込む花沢類。
今受けとったばかりのそこには合格通知メール。
「行きたかったところ?」
「うん。北海道の田舎の町だけど、自然が豊富で晴れた日は雪を被った山々がくっきり見えるようなところ。」
就活で色々な町へ出かけた。
その中でも、その大自然の光景が特に印象的で、こんなところで働いてみたい…そう強く思ったのだ。
「おめでと。」
「ありがとう。」
「そっかぁ、牧野とこうして遊べるのもあと半年か。」
花沢類が寂しそうにそう言ってくれる。
それを聞きながら、あたしはなぜか
道明寺邸で過ごすのもあと少しなんだ。
と、道明寺の顔を思い浮かべていた。
…………
その夜、道明寺が邸に帰ってきたのは23時近かった。
別に特別な理由なんてないけれど、試験に合格したことを自分の口から報告したかったから、まだかまだかと帰りを待っていたのだ。
エントランスに道明寺の車が入ってきたのを確認して、あたしは自分の部屋を出る。
そして扉の前で待っていると、いつもより疲れた表情で車から降りてくる道明寺。
あたしに気づき、すごく驚いた顔をした後、
「牧野、今から少し話せるか?」
と言った。
「うん、いいけど、何かあった?」
いつもと違う雰囲気の道明寺。
ピリピリとした空気が流れる。
「着替えるから10分後、俺の部屋に来てくれ。」
「分かった。」
本当はすぐにでも試験に合格したことを伝えたかった。
でも、それを口にすることさえ許されない雰囲気に、あたしはドキドキした気持ちでその10分間を過ごした。
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コメント
初めてコメントさせて頂きます。
司一筋さんのお話しはずいぶん前から読ませて頂いていています。私は長く海外に住んでいるのですが、司一筋さんのお話しを読むのが楽しみな日課の一つになっています。
どなたかもコメントでおっしゃっていましたが、つかつくのお話しの書き手さんが少なくなってしまっていて、司一筋さんが唯一頑張って継続して更新して下さっているので本当に感謝の気持ちしかありません。
司一筋さんのお話しはどれも名作で好きなものばかりですが、今作の眠れない夜はそのなかでも一番に好きな作品になりそうです。
これからも楽しみにしています(^^)