警察で聴取を受け、その後病院で検査をし、全てが終わったのは次の日の正午近かった。
その間、牧野のそばにはずっと姉ちゃんが付き添っていて、こういう時は男の俺は何も役に立たない。
ただひたすら、ヤキモキした気持ちを抱えながら車の中で終わるのを待つだけ。
ようやく、病院から出てきた牧野が俺の車に近付いてきた。
慌てて車から降り、
「姉ちゃんは?」
と聞くと、
「処方された薬を取りに行ってくれてる。」
と、俺の目を見て言う。
久しぶりだ。
こいつとこうして普通の会話をするのは。
ずっと部屋に閉じこもり、警察へ行く時も全く俺と視線を合わせることは無かった。
「……大丈夫か?」
どれだけ考えても、今はこれ以外の言葉が出てこない俺に、牧野は言った。
「お腹ペコペコ。」
「…あ?」
「なんでもいーから、温かいものが食べたい。」
少しおどけた口調でそう話すこいつに、俺の張り詰めていた気持ちが一気に崩壊し、自分自身の行動を制御することが出来なかった。
「ったく、こっちの気も知らねーで。」
と小さく悪態を付きながらも、俺は牧野の身体を引き寄せてぎゅっと抱きしめる。
「道明寺っ」
「……大丈夫か?」
「…うん。……何もされてないって。」
「何も?」
「写真は合成の可用性が高いし、病院の検査でも異常なしって。」
「……ふぅー」
思わず大きな息が漏れる。
すると、俺の後ろから、
「白昼堂々、なにやってるのかしら?」
と、皮肉たっぷりの声がして、俺は慌てて牧野を解放した。
「つくしちゃん、一難去ってまた一難ね。こういう男に襲われないように私がこんど護身術を教えてあげるわ。」
こう言いながら俺を睨みつける姉ちゃんの目が赤い。
妹同然に可愛がっている牧野の事を、どんなに心配したか、それが痛いほど伝わってくる。
「さぁ、邸に戻ってゆっくり休みましょう。」
「その前に、牧野のリクエストに応える。」
「リクエスト?」
「ああ、何かあったけぇもん食ってパワーつけるぞ。それから、今回の犯人を徹底的に追い詰める。」
………………
少し車を走らせて入ったお店は、蕎麦好きな姉ちゃんも気に入っているという老舗のお蕎麦屋。
そこで温かい蕎麦を3つ注文した所で、牧野の携帯がなった。
「ちょっと、出てきます。」
そう言って電話を持ち、店の入口に向かう牧野は、その途中で携帯を耳に当て
「もしもし、花沢類?」
と、出る。
昨夜から今日にかけて、類から何度も俺の携帯に連絡があった。
あいつも心配してるだろう。
本当は警察と病院に付き添いたいと思っていたはずだが、事が事だけに、姉ちゃんが「女同士の方がいい」と判断して類には自宅で待機するように言っていた。
心配で何度も俺に電話をしてきた類の悲痛な声は、今まで聞いたこともないほど痛々しかった。
「つくしちゃん、大変だったわね。」
「ああ。」
運ばれてきたお茶を飲みながらほっと息をつく俺たち。
すると、姉ちゃんが店の入口をチラッと見てから、俺に小さな声で言った。
「ねぇ、司。犯人の心当たりはないの?」
「あ?」
「だって、つくしちゃんに向けられた脅迫文には、道明寺邸から出ていけとか、司に近づくなとか書かれていたでしょ?それって、司に好意を寄せているか、もう既に身近にいる人物って考えられない?」
それは俺も同感だ。
俺と牧野の関係を勘違いして脅迫してきた。そして、脅迫だけではなく今回の事件も同一人物だろう。
「私、こんな事考えたくないけど、」
その先をなかなか言わない姉ちゃん。
「なんだよ、気になる。」
「……美音ってことはない?」
「あ?美音?」
「そう、美音ちゃんが嫉妬して……」
「いくらあいつでも、こんな事しねーだろ。
牧野とあいつは何回か会ったこともあるし、」
「そこが問題なのよ。」
姉ちゃんが真剣に俺を見つめる。
「司、あんた気づいてないでしょ。つくしちゃんに対する自分の言動が他と違うってこと。」
「…………」
「さっきの駐車場でのアレもそうだけど、今までの司ならありえない行動よ。明らかに友達としての範疇は超えてる。でも、何が問題かって、それをあんたは無意識にやっているところ。」
「無意識?」
「そう。つくしちゃんを目で追っていたり、想いのまま抱きしめたり。完全に好きな子にする態度そのものよ。」
「好きなっ、んなわけねーだろ。あいつには類がいるし、俺には美音が、」
「本当にそう?司の中で、美音ちゃんはちゃんとつくしちゃん以上の存在?」
「…………」
その時、電話を終えた牧野が席に小走りで戻ってきた。
「すみません、長くなっちゃって。」
「いーのよ、さぁ、ちょうどお蕎麦も来たから食べましょ。」
「はい。いただきます!」
温かい蕎麦を前に、髪をゴムで纏め腕まくりをして手を合わせる牧野。
その姿を見ながら俺は自問する。
「牧野に対するこの想い。それは美音に感じた事がない甘く痺れるような感覚。それが何なのか、いや分かってるはず。
ただ、それを認める勇気が俺にはあるか?」
………………
それから数週間たった頃、警察から正式にあの写真は合成だと言うことが伝えられた。
その噂はあっという間に大学内にも流れ、牧野に対する同情の声が増え始めていた。
校内のカフェテリア。
俺の正面に座る美音がにこやかに、
「牧野さん、良かったわね。変な噂が流れていたから心配だったのよ。」
と、言う。
「牧野をホテルに連れ込んだ奴が捕まるのも時間の問題だろ。」
「警察がそう言ってたの?」
「ババァが警視総監と長い付き合いだから、徹底的に防犯カメラを調べさせてるって。」
「……そう。」
「そろそろ、俺行くわ。」
「えっ、帰り買い物に付き合って欲しかったのに。」
「牧野を1人で帰すのはまだ危ねぇから、俺の車に乗せてく。」
「……過保護になりすぎじゃない?」
「あ?」
「あの子が来てから、司も道明寺家のみんなもおかしくなってるわ。彼女の言いなりになって、甘やかしすぎ。そもそも会長を助けたのもに何か意図があって近づいたのかも。」
「美音、そこまでにしとけ。」
俺は静かに、でも強く美音の言葉を遮り立ち上がる。
「司っ、」
俺の背中にそう叫ぶ美音の声を聞きながら、さっき警察から送られてきた防犯カメラの映像を思い出していた。
それは、ホテルの裏通りにある防犯カメラ。
そこには、牧野を部屋に連れ込んだ男女4人組に分厚い封筒を手渡す美音の姿が映っていた。
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