牧野の肩の怪我が治りかけてきた頃、事件が起きた。
金曜の夜、部屋で寛いでいるとタマが血相を変えて俺の部屋に飛び込んできた。
「坊ちゃん!」
「っ!なんだよ、ノックもしねーで。」
「これ、見てくださいな。」
タマがそう言って俺に差し出したのは、2センチ角ほどに破かれた紙のくず。
「これは?」
「何気なくつくしの部屋を掃除していたらこの紙くずがゴミ箱にあって、そのまま捨てようとしたんですけど、なんだか胸騒ぎがして……」
眉間に皺を寄せてそう言うタマは、その紙くずを俺のデスクの上に広げる。
そして、人差し指でその紙を左右に並べ替えると、ある文字が浮かび上がってきた。
『殺す』
『道明寺邸から』
『出ていけ』
「気になって、悪いとは思ったんですけど、つくしの机の上のものを調べたんです。そしたら、教科書やノートにも同じように脅迫文が。」
牧野が誰かに脅されていた?そう考えると、あの自転車との接触も偶然とは思えない。
俺は携帯を取り出して牧野へコールする。
すると、「電源が入っていません」と機械音が鳴り響くだけ。
その様子を心配げに見つめるタマに
「牧野が帰ってきたら、事情を聞く。」
と、今はそれだけしか言えなかった。
それから2時間近く、何度も何度もあいつに電話をかけているが繋がらない。
21時を回ってもなんの連絡もない。
何かあったのか?それともただ遊んでいるだけか?
いよいよおかしいと思い始め、類に電話をして聞いた。
「今、牧野と一緒か?」
「いや。牧野がどうかした?」
「ちょっと聞きたい事があるけど、あいつ電話に出ねぇ。」
「今日は就活で一緒になった友達とご飯に行くって言ってたけど。」
「何時頃?」
「確か、待ち合わせは7時って。
司、牧野になんかあった?」
最後の類の言葉は緊張で強ばっているように聞こえる。類は知っていたのだろうか、あの脅迫文を。
いや、知っていたなら俺に話していたはず。
「類、さっき牧野の部屋から……」
俺は脅迫文を見つけた経緯を類に話した。
すると、
「んな事、1度も俺に言ってこなかったよ牧野は。
とにかく、総二郎とあきらにも協力してもらって、今は牧野の無事を確認することが先だね。」
そう言って類が電話を切った。
…………
その夜、結局牧野は電話にも出ず、邸にも帰ってこなかった。
そして、姿を見せたのは夜が明けた朝の五時。
扉が静かに開く音がして、俺はエントランスのベンチから飛び上がった。
「牧野っ」
「……道明寺?どうして……」
「どうしてじゃねーよ!おまえどこに行ってた?」
そう怒鳴る俺の声を聞きつけて、タマが部屋から出てくる。
「坊ちゃん、落ち着いてくださいな。」
「どんだけ心配したと思ってんだよっ。連絡くらいするのが常識だろっ!」
「坊ちゃん!……つくしの顔を見れば、疲れてるのがお分かりでしょ?無事に帰ってきたんですから、話はあとでゆっくり。」
タマにそう言われ気付く。
牧野の顔はいつもと違い青ざめていて目も虚ろ。
死ぬほどたくさん聞きてぇことはあるけど、今のこいつの状態では無理だろう。
「分かった。少し休め。」
俺はそう言ってタマに小さく頷いた。
…………
そして、事件が起きたのはその2日後だった。
大学内の掲示板に、ある写真が貼りだされた。
『就職祝いに乱行パーティー』という見出しと共に写っているのは、
大きなベッドに乱れた服の状態で横たわる女が1人と、それを取り囲むようにして酒を呑む裸の男たち。
その女は、紛れもなく牧野つくしだった。
瞬く間に生徒たちの間で拡散される写真。
ウブそうに見えて、やることはやってるんだ……と冷やかしと軽蔑の目が牧野に注がれる。
でも、当の本人は大学には来ていない。
なぜなら、あの日から牧野は部屋から出てこなくなったからだ。
青白い顔で朝帰りをした日から、食事もほとんど食べず、部屋から1歩も出ていない。
心配してタマやババァが様子を見に行くが、何を聞いても曖昧に頷くだけ。
類や俺には会いたくないと言い張っているらしい。
そして、その写真が出た夜、姉ちゃんが牧野の部屋に入った。
1時間後、赤い目をした姉ちゃんが牧野の肩を抱くようにして出てくるなり、
「警察に行ってくる。」
と言い出した。
「あ?警察?」
「許せないわっ。」
姉ちゃんの声が震えている。
牧野を先に車に乗せたあと、姉ちゃんが俺に言った。
「あの写真が取られた時のこと、つくしちゃんは全く覚えていないそうよ。
夜、知り合いに呼び出されてお酒を少し飲んだら急に眠気がしてそこから記憶がなくなった。
気付いたら朝ベッドで寝ていて、下着とバスローブしか身につけていなかったって。
あの写真が本物なら、これは犯罪よっ!
警察で徹底的に調べて貰うわっ!」
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