それから数日たったある日。
いつものように大学の図書館で自習している途中、トイレに席を立った。
数分後、席に戻りそこに広げていた教科書を見てあたしは唖然とする。
そこには赤ペンで大きく、
「泥棒猫!!」
と殴り書きがされていたのだ。
意味がわからない。
誰かのものと間違って書いたのか、だとしてもこんな嫌がらせをする人がいるなんて。
辺りをキョロキョロと見回してみても他に怪しい人はいない。
モヤモヤとした気持ちのまま図書館を後にしたけれど、
その日から何者かによるあたしに対する嫌がらせの日々が始まった。
ある時はリュックをカッターのようなもので切り裂けられていたり、ある時は頭上から水をかけられたり……。
そんなことをされるような思い当たる節はなかったけれど、ある日の嫌がらせでその理由が明白になった。
それは、教科書に挟まれたメモ。
そこにこう書いてあったのだ。
「道明寺司から離れろ。
おまえのその薄汚い手で彼を汚すな!!
おまえのような勘違い女が彼の周りをウロウロするのは絶対に許さない。」
どうやらこの一連の嫌がらせは道明寺に関係しているようだ。
誰かがあたしと道明寺の関係性を誤解してやっているのだろうか。
道明寺に好意を寄せている女性は少なくない。あいつが校内を歩けば目をきらきらさせてその後を何人もの生徒が付いていく。
その中の誰かが嫌がらせをしてきているのかもしれないけれど、日が経つにつれそれはエスカレートしてきていた。
バイトの帰り道、いつもより遅くなったある日、道明寺邸までとぼとぼと歩いていると、後ろから自転車の音が近づいてきた。
無意識に歩道の端に避けるあたし。自転車が素通りするには十分な幅だったはずなのに、次の瞬間、身体に衝撃が走った。
自転車が通り過ぎていくのと同時にあたしの右半身に思いっきりリュックのような物がぶつかったのだ。
「う゛っ。」
あまりの痛さにその場に倒れ込んでしまうあたし。
すると、自転車があたしの少し前で止まり、それに乗っている黒ずくめの男が言った。
「警告だ。
道明寺司から離れなければ、次はこんな軽い事故ではすまねぇぞ。」
そう言って走り去っていく自転車を見ながら、あたしは痛みで涙が頬を伝った。
………………
なんとか痛む身体を引きづって邸に戻ると、珍しくタマさんが出迎えてくれた。
こんな日に限って……そう思いながらなんとかいつも通り接したつもりだったけれど、やっぱりタマさんの目は誤魔化せない。
「つくし?どうしたんだい、肩のところが破れているよっ。」
タマさんにそう言われ気付く。自転車とぶつかった衝撃でブラウスが裂けたのだ。
「あらあらっ、肩から血も出てるじゃないの!何があったんだいっ?」
心配げにあたしを見上げるタマさん。
その優しい眼差しに不覚にも涙が出てきてしまう。
そっかぁ。泣きながら思う。
あたし、すごく怖かったんだ……。
ここ数週間、得体の知れない人からの嫌がらせを受けながら必死に耐えてきた。
家族にも心配をかけるから言えない。
まして邸の人には理由が理由なだけに話したくない。
その反動が今一気に押し寄せてきてしまった。
涙腺が崩壊し、恐怖で手が小刻みに震える。
「つくし?大丈夫かい?何があったのさ、言ってごらん。」
「んっ、……うっ、ん……大丈夫……です。タマさんが優しいから、なんか……涙が……」
そんな溢れ出る涙を抑えることが出来ないあたしの後ろで、
「どうした?」
と、聞き慣れた声がした。
「坊ちゃん!」
「おいっ、牧野、どうしたっ?」
驚いた声を上げながらあたしに近づいてくる道明寺。
咄嗟にあたしは泣き顔を見られたくなくてくるりと背中を向ける。
けれどそれがかえって仇となり、
「おまえっ、このケガはどこでっ?」
と怒ったように怒鳴る道明寺。
「坊ちゃん、落ち着いてくださいな。つくしも気が動転してますから、まずはつくしの部屋に。」
「おう。」
道明寺とタマさんがそう話すのを聞きながらあたしは自分の部屋に身体を向けた瞬間、急に視界がぐらついた。
そしてあまりの驚きに涙も止まる。
なぜなら、道明寺があたしの身体を軽々と持ち上げ横抱きにしたのだ。
「っ、道明寺っ!」
「黙ってろ。」
「でもっ!」
「タマ、薬を頼む。」
「分かりました。直ぐに用意してきます。」
あたしは道明寺に抱えられたまま、自室へと連れていかれる。
そして、部屋のソファにゆっくりと下ろさせ、道明寺も隣に座った。
「バカかおまえは。」
ぽつりとそう言う道明寺。
「なによ。」
「俺の携帯番号知ってるよな?どうしてかけてこねーんだよ。」
「…………。」
「そんなに俺が嫌いか?」
「べ、別にそんな、」
「…………。」
「…………。」
お互い気まづい沈黙が流れる。
そして、道明が言った。
「類とは付き合ってるんだろ?」
「……ん。」
「なら、ちゃんと頼れよ。辛い時はすぐに電話しろ。」
ほんと、そう。
今頃になって気付く。
あんなに怖い思いをしたのなら、彼氏に助けを呼ぶのが普通だって事に。
小さく頷くあたしを見て、道明寺ははじめて見るような困った顔をして言った。
「頼むから、1人で泣くなって。」
「……え?」
「女ってちょっと手が切れたり脚を捻ったりしただけでギャーギャー騒ぐ生きもんじゃん。」
「はぁ?」
「どれだけ自分が痛くて辛いか、朝晩アピールしてくるもんなんじゃねーの?」
「……ぷッ、女性に対する偏見が凄くない?」
「美音なんて、しゃっくりが止まんねぇだけで、1日10回は電話してくるぞ。」
「あはは、可愛い……。」
あたしにはそんな可愛い甘え方は無縁だ。
クスクス笑うあたしを見ながら、道明寺が真剣に言う。
「おまえは強すぎんだ。」
「…………。」
「もっと、甘えろよ。
俺に……いや類にちゃんと甘えろ。」
そう言う道明寺の顔がなぜかすごく辛そうに見えて、
「道明寺?」
と、覗き込むと、
道明寺の手があたしの頬に伸ばされる。
そして、頬を伝っていた涙の雫にそっと触れる。
その道明寺の仕草や表情、そして自分自身の胸のドキドキが心地よくて安心感に包まれる。
このまま目を閉じてしまいたい……そんな風に思った瞬間、
「お待たせしましたね、」
と、タマさんの声がして部屋に入ってきた。
それと同時に、あたしと道明寺は慌てて身体を離してお互い違う方を見た。

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コメント
こんばんは。
司一筋さんの小説は5年ほど前の旧サイトの頃から拝読しているのですが、この度初めてコメントさせて頂きます。
「つか×つく」で、つくしちゃん以外で司にきちんとした恋人がいる小説は今まで中々なかったのでとても楽しく読ませていただいています!!(司がテキトーに付き合っているとか、記憶喪失とかは沢山ありますが)
現在は「つか×つく」の書き手さん自体が減っており、過去作を読み返す日々ですが、司一筋さんが変わらずに投稿を続けてくださっていて、とても感謝しております。ありがとうございます。
これからも応援しております。