その夜、22時をすぎた頃あたしの部屋の扉が小さくノックされた。
タマさんか?そう思ったけれど、いつもならこの時間は寝ているはず。
「はい?」
「俺だ。」
扉の向こうから道明寺の声。
道明寺があたしの部屋まで来るなんて初めてのこと。
静かに扉を開けると、道明寺が無言のままあたしに何かを差し出す。
それはさっき見ていた進が送ってきた写真たち。
「俺は見たから、おまえにやる。」
「…うん。」
写真を受け取っても道明寺は帰る素振りを見せず何かを言いたげな様子。
そして、ポツリと言った。
「類に何か言われたか?」
「ううん、別に何も。」
あたしたちの写真を見て誤解されなかったか?道明寺はそれを言いたいのだろう。
「美音さんは?怒ってた?」
「フッ…あいつはいつだって感情の起伏が激しーから気にすんな。」
「ごめん。今どき写真を現像して送ってくる進もどうかしてるわっ。しかも、あんなどうでもいい写真…。」
「俺が送ってこいって言った。」
「…え?」
写真を撮る時だってそんなにいい顔してなかった道明寺がどうして…?
驚いて聞き返すと、道明寺はあたしの目をまっすぐに見て言った。
「どんなにしょうもない写真でも、全部現像してくれって俺が頼んだ。それくらい俺にとってあの時間は貴重だったから。」
「……」
あの新潟で過ごした時間。今思い出しただけでも、胸が高鳴るほど楽しかった。
道明寺も同じように感じてくれていたの?
見つめ合うあたし達。
その沈黙を破ったのは、あたしでも道明寺でもなかった。
「あら?司、こんな所で何してるの?」
今日は会食だと行って出掛けていた椿さんが帰邸してあたしの部屋の前を通りかかったのだ。
「姉ちゃん……」
「なになにぃー?こんな遅い時間につくしちゃんの部屋に夜這い?」
「あ?んなわけねーだろっ!」
「ぷッ、そんな怒らなくてもいーでしょ、冗談よ。
2人が仲良くて私は嬉しいのよ。」
「仲良くなんてっ、」
「仲良くねーよっ、」
同時に抗議するあたし達に、椿さんはケラケラ笑いながら、
「そういうところ、息ぴったりよねぇ。」
と、ウインクしながら通り過ぎて言った。
………………
それからしばらく経ったある日、大学で講義を受けているとカバンの中で携帯が振動する気配がした。
メールかな?
そう思いながら無視していても、止む気配がない。
そぉーっとカバンから携帯を取り出し画面を見たあたしは、思わず叫びそうになった。
そして次の瞬間、カバンと上着を乱暴に掴み、しーんとした講義中の教室を駆け出していた。
タクシー?いや、それよりも道明寺に知らせなきゃ!
道明寺が講義中の教室まで全速力で走る。
そして、教室の扉を開けると、そこにいた50人以上の生徒たちが何事かと一斉にあたしを見る。
「道明寺っ!」
そう呼びかけると、後方の中央辺りに座っていた道明寺が立ち上がった。
「牧野?」
「道明寺、学長がっ!」
「あ?じぃがどうした?」
「いいから、早く来て!」
あたしの慌てっぷりに道明寺もカバンを掴んで教室を出る。
その様子を生徒たちが驚いた様子で見ているけれど、今はそれどころじゃない。
「学長の様子が変なの!連絡しても繋がらないしっ。」
「落ち着けって。ちゃんと話せ。」
「う、うん。会長の体調に異常が起きて、万歩計を通してあたしの携帯に緊急連絡が来たの。直ぐに学長に連絡したけど繋がらない、道明寺なら秘書の方の連絡先知ってるでしょ。早く確認して!」
細かい説明はどうでもいい、とにかく今は会長の容態を確認するのが先。道明寺もそう思ったのか、直ぐに秘書に電話をかけ始めた。
「もしもし、今どこにいる?会長は?」
「散歩すると言って出かけましたが。」
「直ぐに見つけろっ!」
道明寺はそう怒鳴り、あたしの腕を取りながら大学の駐車場へと走った。
………………
邸の会長のお部屋。
そこの大きなベッドにニコニコと笑いながら横たわる会長。
「全く、大袈裟だなーみんな。」
「何言ってるのよ!驚かせないでちょうだい!」
楓さんが困ったように会長のそばに付いている。
「久々に走ったものだから、想像以上に息切れしてね。」
「もう若くないんだから、可愛いものを見ても走って駆け寄っちゃダメよ。」
椿さんにもそう怒られて頭を搔く会長。
いつもの散歩途中で迷子のポメラニアンを見つけてしまった会長。
犬が大好きな会長はその犬を追いかけて杖を持ちながら走ったのだ。
案の定、脚はもつれ息は上がり、心拍数も爆上がりした。
それを高性能の万歩計が読み取り、あたしに通知を送ってきた。
「ほんと、つくしちゃんには2度も助けられたわ。」
「いえ、すみません。あたしが大騒ぎしてしまって、救急車まで……」
「いいのよ、有難いわ。それにしてもこんな素敵な万歩計をプレゼントしてくれていたのね。」
楓そんがそう言って会長の杖に付いている万歩計を見る。
あたしが会長の誕生日にプレゼントとした万歩計。
それをちゃんと使っていてくれた事が嬉しい。
「つくしさん、ありがとう。」
会長に改めてそう言われ、あたしは頭を下げて部屋を出た。
「牧野、」
あたしの後に部屋を出てきた道明寺が呼ぶ。
「ん?」
「サンキューな。」
「はぁー、びっくりしたけど何事もなくて良かった〜。」
「びっくりしたのは俺だっつーの。すげぇ形相で教室に怒鳴り込んできただろおまえ。」
「だって!仕方ないでしょ、どうしたらいいか分からなくなっちゃって、あんたしか頼れなくて。」
そう言うと、道明寺がクスッと笑ったあと、あたしの頭に手を置きながら言った。
「偉いじゃん。ちゃんと真っ先に俺を頼ったって、ベストな選択だったと思うぞ?」
道明寺のその仕草と視線、言葉にあたしの頬が赤くなる。
何よ、急に優しくて……
そう文句を言いそうになった時、道明寺の携帯がなった。
少し迷いながらも
「もしもし。」
と出る道明寺。
「どこにいるの?」
携帯からは美音さんの声が聞こえる。
「邸に帰ってる。」
「急に授業抜け出してどうしたの?ちゃんと説明してよ。」
その声を聞きながら、あたしは自室へと戻った。
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コメント
こんにちは☺️
司とつくしちゃん徐々に惹かれあっていく様子がもどかしいけど…
そこが楽しみ♪
次が待ち通しです。