総二郎の電話で呼び出され、東京の大学病院に着いたのは22時を回っていた。
病室の前に行くと、あきらと総二郎が硬い表情で立っていて、俺を見つけると、
「おう、待ってたぞ。」
と、肩に手を置く。
「美音は?」
「安静に…って言われて眠ってる。
中に美音の両親がいるから、きちんと話するといいぞ。」
「分かった。」
2人に促され、病室の扉をそっと開けると、ベッドに横たわる美音とそれを心配げに見守る両親がいる。
「司くん。来てくれたんだね。」
「はい。…美音はどうですか?」
「術後の経過は心配ないそうだけど、ここ最近の無理がたたって、心臓に負担がかかってたらしい。」
「術後…?心臓に…?」
初めて聞くワードに戸惑いを隠せない。
それを察知したのか、父親が、
「司くんには黙っていて欲しいって美音からは頼まれていたけど、こんな風になるなら、きちんと話しておいた方がいいと妻とも相談してね、」
と、言いながら立ち上がり、
「少し出れるかな?」
と、病室の外を指す。
「はい。」
俺は頷いて父親と一緒に病室を出た。
薄暗く人気のないロビーのベンチに父親と2人で並んで座る。
そして、2年前突然美音が俺に別れを告げて渡米した理由を明かされた。
昔から心臓が弱かった美音。そのため、両親の海外出張にもついて行かずいつもお屋敷で留守番をしていた。そんな美音の心臓が高校に入ってから急激に悪化してきて、日常生活にも少しずつ支障が出てきていた。
その時期と被り、美音のピアノの才能が開花し始め、コンクールでも軒並み賞を取るようになり始めていた。
将来を有望視される若きピアニスト。海外での公演も多くなり忙しくなっていた頃、イギリスでの公演途中に倒れたのだ。
そこで医師からは早めに手術をしないと、命に関わる重大な結果を招きかねない。というもの。
そして、美音は決断した。アメリカで手術を受けて再起すると。
「なぜ、俺に言わずに行ったんですかっ?」
父親に詰め寄ると、
「うん、……あの頃は司くんも大変だったから、美音も心配かけまいと。」
そう呟く。
美音が渡米する少し前、俺の親父がNYで倒れた。過労と睡眠不足によるものだったようだが、瞬く間にその噂は流れ株価が急落したのだ。
そして世間の目は後継者の俺に注がれ、常時俺の周りをパパラッチがうろつく状態が続いた。幸い、数週間で親父は仕事復帰し株価も緩やかに回復していったが、
親父ももう歳だということを自覚したのか、その頃から俺に対する後継者修行が激しくなりどこに行くにも連れ回す始末。
ババァとは違い放任主義の親父とは相性がいい。一緒にいることは苦ではなく、俺も世界中言われるがまま付いていき、美緒とはたまに連絡を取るくらい疎遠になってしまった。
そして、突然の別れと渡米。
原因は俺が忙しくなったから………なんて自分勝手に解釈し、それを理解しない美音を責めたりしていたけれど、
本当の理由は違った。
まさか、心臓の手術をして入院していたとは。
「美音は司くんと離れてからも、いつも気にしてたよ。寂しくしていないか、1人で泣いていないかってね。」
「ったく、もう子供じゃねーんだから。」
そう悪態をつきながら、俺は頭を垂れてうなだれる。
俺と美音は昔からそうだった。
お互い両親が忙しくていつも大きなお屋敷に置いてきぼり。寂しくて、ぬいぐるみを抱えながら泣いていた。
それを知っているから、お互いを慰め合うようにいつも一緒にいたのだ。
それなのに、俺は美音が1番辛い時に一緒に居てやれなかった。美音を責めて突き放した。
自分の吐いた酷い言葉と態度を思い出しながら、美音の父親に言った。
「すみません。辛い時、側に付いてやれなくて。」
すると、父親は優しく笑いながら俺に言った。
「美音は司くんがいるから日本に戻ってきたんだよ。だから、また側にいてあげて欲しい。」
………………
その日の日付が変わる頃、俺の携帯が鳴った。
開くと、牧野から
「無事に東京に着いた?連絡ないから心配で。」
と、メール。
俺はそれをじーっと見つめたあと、携帯の電源を切った。
横道に逸れた俺の感情を断ち切るかのように。
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