邸のジムで汗を流し、シャワーを出ると22時を過ぎていた。
自室に戻るため廊下を歩いていると、どこからか楽しげな声が聞こえてくる。
その声の方へ歩いていくと、そこは小さなキッチンが備え付けてある第2ダイニング。
俺たちがいつも使っているメインダイニングとは違い、軽食やドリンクを作る時にメイドが使ったりする所だ。
そこからこんな遅い時間に誰が?と覗いてみると、道明寺家のメインシェフと牧野が楽しそうに何かを作っている。
「何やってんだよ。」
俺がそう声をかけると、
「ぼ、坊ちゃん!」
とシェフが驚いて直立不動の体勢。
「すみません!うるさかったでしょうか?」
「いや、たまたま通りかかったから。
こんな時間に何してる?」
「あのぉー、牧野さんとお料理を……」
2人の手元を見ると、肉や野菜が刻まれている。
「今から食うのかよ。」
「いえっ、……お弁当の」
「弁当?」
久しぶりに聞いたそのワード。
顔をしかめて聞き返すと、
「す、すみません!」
と、申し訳なさそうに頭を下げるシェフ。
「別に謝ることじゃねーけど、」
俺がそう言うと、それを見ていた牧野が、
「あんたのその態度が怖いっつーの。」
と、呟く。
「あ?」
「別に。なんか用?」
相変わらずこいつは俺に対してだけけんか腰だ。
言い合いの流れになりそうなのを察したのか、
「私はこれで失礼します。牧野さん、また。」
と、シェフが逃げるようにダイニングから消えていった。
残された俺たち。
先に口を開けたのは牧野の方。
「こんな時間までまた出掛けてたの?」
「ちげーよ。ジムで汗流してた。っつーか、今から弁当作っていつ食うんだよ。夜中か?おまえ太るぞ。」
「はぁ?夜中に食べるわけないでしょ。明日学校に持っていくお弁当の下準備!」
「学校?ふぅーん、料理出来んだおまえ。」
「ここで暮らす前はよくママと2人で夕飯作ったりしてたけど、しばらくしてないとジャガイモ剥くのにも時間かかっちゃった。」
牧野の手元を見ると、芋と人参、肉と何やら透明の長い物体がある。
「何作ってる?」
「肉じゃが。」
何となく聞いた事がありそうな料理だけど、どんな味か思い出せねぇ。
「肉じゃがにそうめんも入れるのか?」
「そうめん?」
不思議そうに俺を見つめる牧野に、俺は透明で長い物を指さす。
すると、
「ぶっ……あはははー、」
と、腹を抱えたあと
「これは、しらたきっていうの!」
と、爆笑してやがる。
「しらたき……」
「ねぇ、あんたって本当、日本人?」
「あ?」
「だって、これをそうめんとかありえないでしょ。ねぇ、これは知ってる?」
「なんだよその黒い物体は。」
「やっぱ知らないんだ。これはね、ひじきって言うの。よくお弁当のおかずに入ってるでしょ。え?本当に食べたことないの?」
「多分、ねーな。」
「マジで……?」
結局俺は、牧野がひじきの煮物を完成させるまでそこでなんだかんだ話し込み、気付いたら約1時間が経っていた。
「食べてみる?」
完成したひじきの煮物を俺に見せてそういう牧野。
「……おう。」
普段の俺なら絶対にYESなんて言わねぇのに……。
小皿に乗せられた煮物を1口くちにいれる。
甘じょっぱい味がうめぇ。
「どう?」
不安そうにそう聞く牧野に、
「悪くねぇ。」
と、我ながら正直じゃねぇと思う返し。
それなのに、牧野は
「良かったー。」
と、今まで俺に見せたこともねぇ嬉しそうな顔で笑う。
実家の母親と電話をしながら泣いていた時もドキッとしたけれど、
こうして屈託なく笑う顔にもなぜか胸がドキッとさせられる。
思わず、自分の顔も緩んでいることに気付いた俺は、慌てて、
「早く寝ねーと、明日遅刻するぞ。」
そう言い捨ててダイニングを出た。
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