あの女が道明寺邸で暮らすようになって1ヶ月が過ぎた。
ババァや姉ちゃんとはかなり打ち解けているし、タマをはじめ使用人や運転手たちとも距離が近い。
俺だけがあの女を受け入れていないようでなぜだか居心地が悪い。
でも、受け入れらんねぇ理由はある。
俺に、
「呑み歩いてないでしっかりしなさいよっ。」
と怒鳴ったくせに、自分は帰宅時間が21時を過ぎることが多く、夕食もほとんど俺たちと共にしない。
会長はとんだ貧乏女に引っかかったもんだ。
父親の会社が倒産して学費も生活費も底をつくような家庭に育った女だ。きっとこの先も金の無心をしてくるはずだ。
どこかでこの女のしっぽを掴んでやりたい。
会長の金を使って遊び歩いている証拠を集めて、この邸から追い出してやる。
そう思っていた矢先、女が22時を過ぎた時間に邸のエントランスを出ていく姿が目に入った。
この時間からどこかに遊びに行くのか?
そう思い、俺は後をつけた。
すると、女は邸の中庭をぬけて噴水があるガーデンのそばのベンチに座った。
こんな時間に、ここで何を?
不思議に思いながら、俺は気の陰に隠れて女を見つめる。
女は数分夜風に当たったあと、携帯を取りだしどこかに電話を始めた。
「もしもし。寝てた?」
こんな時間にコソコソと電話をする相手は…彼氏だろうか。
すると、
「パパは?進は寝たの?」
と、女が聞く。
どうやら、電話の相手は母親のようだ。
「あたしは元気。みんな優しくてよくしてくれるの。うん……うん……ちゃんと食べてるよ。」
悪事の証拠を掴もうとあとを追って来たのに、その後も普通の会話が続く。
ただの家族への電話かよ…と思いながらその場を離れようとした時、女の顔がチラッと見えた。
そして、その顔を見て俺の胸がドキリと鳴った。
なぜなら、女は……泣いていたからだ。
「パパの仕事はどう?新しいところは大変そう?」
なんて事ない会話をしながらも、目からはポロポロと涙をこぼしている女。
それを気付かれないようになのか、時折咳をして誤魔化す。
「大丈夫、少し風邪ひいたみたい……。」
そう言いながらしばらく話したあと、
「うん、また電話する。おやすみなさい。」
と言って電話を切った。
電話が終わったあとも女はそのままそこに座りぼぉーと月を眺めている。
何となく、何となく、そのまま見なかったことに出来なくて、俺は木の影から出て女に声をかけようとしたその時、
俺の腕を後ろから掴み阻止する奴が。
振り向くと、姉ちゃんだった。
「姉ちゃん!」
「シッ!」
口に人差し指を立て黙れと訴える姉ちゃん。
そして、俺の首根っこを掴みながら中庭の方まで引きづって行く。
「痛ぇーから離してくれって。」
ようやく中庭で解放された俺は、姉ちゃんに
「なんだよ急にっ。」
と、抗議する。
「司こそ、なにコソコソつくしちゃんを覗き見してるのよっ。あんたそういう趣味があったの?」
「あ?ふざけんなっ。
あいつが怪しい動きしてるから見張ってただけだろ。」
「怪しいって……どっちがよ。
つくしちゃん、電話してたんでしょ?」
「姉ちゃん、知ってたのか?」
「……うん、よくあそこでご家族に電話してるみたい。」
「なんでわざわざあそこで。部屋ですりゃーいーだろ。」
「22時過ぎたらタマが就寝するでしょ。
だから気を使ってるのよ。」
「あ?」
姉ちゃんの言っている意味がわからない。
なぜそこでタマが出てくるのか。
すると、俺の顔を見ながら
「まさか、あんた知らなかった?」
と、困った顔で俺を見る。
「何がだよ。」
「つくしちゃんね、お母様が用意した南部屋から、タマの部屋の隣にある1階の部屋に移ったのよ。
南部屋は広すぎるって。自分には勿体ないって。
帰宅時間も遅いから、1階のエントランスに近い部屋でいいって。」
エントランスに近い部屋と言えば、使用人たちが休憩に使う小さな部屋がいくつかある。
タマは長年そこが気に入って、俺たちが何度言ってもそこから動こうとせず困っていたのに、
まさかあの女がその部屋の隣に移ったとは。
「いつも元気そうにしてるけど、やっぱり家族に会えないのは寂しいのよねつくしちゃん。」
「そーかー?いつもおそくまで出歩いて楽しんでんじゃん。」
「あんた何言ってんの?つくしちゃんはバイトしてるのよ。」
「バイト?」
「そう。私もバイトなんてしなくても…って言ったんだけど、就職活動で地方にも行くつもりだから、今のうちに旅費を貯めるって。ほんと、偉いわよねあの子。お祖父さんが気に入ったのも分かるわ〜。」
夜な夜な遊び歩いていると思っていたのに、バイトをしてたのか。
しかも、俺達には無縁の就職活動のためって…どんだけ勤労女子なんだっつーの。
「司、つくしちゃんのこといじめちゃダメよ。」
「いじめてねーし。」
「この間、エントランスで大喧嘩してたじゃない。
クスクス……思いっきり言われてたわよね。
あんなに怯んだ司を見るのは初めてで、私興奮しちゃったわ〜。」
相変わらずドSの顔をのぞかせる姉ちゃん。
その時、俺たちの横をあの女が通りかかった。
「あっ、椿さん!」
「あら、つくしちゃん。夜のお散歩?」
「あっ、はい。」
元気にそう答える女。
その顔はさっきの泣き顔が嘘のようにいつものニコニコした笑顔。
それを見て俺は心の中で呟く。
無理してんじゃねーよ。少しくらい辛い顔してもバチは当たんねーぞ。
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