眠れない夜 8

眠れない夜

それから数日後。

バイトが終わりバスに乗り道明寺邸へと帰る。

15分ほどバスに揺られていると、瞼が重くなってきたが、帰ってからもまだ宿題がある。

頑張らなきゃ!と自分に言い聞かせながらバスを降り邸まで歩く。

そして、邸の門にある呼び鈴を鳴らそうとしたその時、邸を囲む塀の先から人の声がしてあたしは立ち止まった。

「今更、なんだよ。」

絞り出すようなその声。

「だからっ、きちんと話がしたくて。」

「おまえと話すことはねーだろ。あの時、俺たちは終わったんだよな?」

「司…、お願い…」

「美音、2年前おまえが俺から離れていった時、俺は何度もおまえに言ったよな?きちんと話がしたいって。

でも、おまえは何も言わずに消えた。

あの時のお前の気持ちが今はすげー分かる。

正直、顔も見たくねーよ。」

「…………」

顔を見なくてもわかる。その声の2人が誰なのか。道明寺と美音さんのその会話は、聞いているあたしの方まで胸が苦しくなる。

もうこれ以上は二人の会話を聞いてはいけない、そんな気がしてあたしは静かに道明寺邸へと入った。

…………

夕食を済ませお風呂に入り、宿題に取り掛かる。

2時間くらいパソコンと格闘していると、さすがに目が疲れてきた。

散歩でもしてこようか、でも雨が降りそうだったし…、そう思いながらバルコニーの扉を開けて空を見上げていると、中庭にあるプールの横のベンチで何かが動く気配がした。

その方向に視線を向けると、ベンチにゴロリと寝転がる人物。

大柄でクルクルした頭は間違えるはずもない。

道明寺だ。

仰向けで寝ながら腕で顔を隠している。

まるで泣いているかのよう。

あんなに俺様で誰にでも無関心のような男が、失恋でこんなに苦しんでいるとは。

まだ好きなのだろうか。だから、これほど苦しいのか。

付き合ったこともなければ、真剣に誰かに恋心を寄せたこともないあたしにとっては理解できない感情なのだろう。

微動だにしない道明寺を見ながら、

「今日は散歩はやめておこう。」

と、心の中で呟いて部屋に戻った。

………………

それから2週間がたったある日、バイト仲間が風邪で休み、その子の分まで代わりにシフトに入ったせいでいつもより帰りが遅くなった。

21時をすぎて邸にたどり着いたら、運悪くエントランスで道明寺と鉢合わせ。

いつもは無言で通り過ぎるのに、今日は

「おせーな。」

と、一言難癖をつけられる。

どうやら、お酒を呑んでいるのだろうか。

タマさんが言っていた。

『最近、坊ちゃんは週に3回は呑みに行ってる』と。

相変わらず失恋の痛みから抜け出せないのだろうか。

初めの頃は可哀想に思っていたけれど、そろそろ腹が立ってきた。

自分だけで悲しんでいる分にはなんの文句もないけれど、夜な夜な酒を浴び、帰宅時間も遅く、タマさんや椿さんにも心配をかけている。

正直、いい加減にしろっ!と言ってやりたい。

そんな相手から

「おせーな。」と言われ、あたしはギロリと睨み返してやると、

「どこほっつき歩いてんだよ。学費も生活費も出してもらってるから、浮いた金で毎日遊び歩いてんのか?」

と、暴言を吐かれる。

「はぁ?あんたに言われたくない。」

思わず小さく呟くあたし。

すると、

「あ?てめー、今なんて言った?」

と、この男はあたしの肩を押してヤクザなみに絡んできたのだ。

それは、あたしの我慢の限界を超えるには十分な言動だった。

「あんたに言われたくないって言ったのよ、このドアホっ!毎晩毎晩、呑み歩いてるのはあんたの方でしょ!いい加減、しっかりしなさいよっ。」

「てめぇ、」

「あんたがいくら威嚇してきたってあたしは何も怖くないからっ。

それに、あたしは今すぐ退学になってもこのお屋敷から追い出されても構わない。あんたと毎日顔を合わせるくらいなら、むしろそうしてもらいたいくらいなんだからっ!」

「なら、おまえなんて追い出してやるっ!」

「ええ、結構よ!学長から言われたら明日にでも大人しく従うわ。

でもっ、勘違いしないで。ろくに勉強もしない働きもしないあんたに言われたってなんの効力もないんだからっ!」

人に対してここまで暴言を吐いたのは初めてだ。

怒りと興奮で、目には涙が滲む。

目の前の男が他に何か言って来ようもんなら、昔から兄弟喧嘩の時にしか繰り出さない足蹴りでもお見舞いしてやるつもりだった。

けれど、

……なぜか、道明寺は固まったまま。

あたしの顔を信じられないものを見るかのように見つめたまま動かない。

そうなると、こっちも言いすぎてしまったか…と少し弱気になってきた。

「あ、あたし、……部屋に戻るから、」

そう言ってクルリと背中を向けると、

道明寺も

「…お、おう。」

と、歯切れ悪く言ったあと、背中を向ける。

変な空気が流れたまま、あたしたちはそれぞれの部屋へと戻って行った。

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