道明寺邸に帰宅したのは19時を回っていた。
エントランスに入ると、メイド頭のタマさんが出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ。遅かったですね。」
「すみません、ちょっと用事があって。」
「すぐにお食事をご用意しますので、ダイニングへお越しください。」
「皆さんは?」
「楓様は仕事で不在です。椿様と坊ちゃんは先に召し上がりました。」
「あっ、それなら私は大丈夫です。お昼ご飯も遅かったので、」
そう言うと、タマさんは首を振りながら言う。
「何時であろうと、たとえおひとりであろうと、お食事はご用意してあります。それが道明寺家の当然のことですので、遠慮せず召し上がってください。」
タマさんのその圧に圧倒されたあたしは、
「はいっ。」
と、返事をして頭を下げた。
ダイニングへ行くと、パンの焼けたいい香りが漂っている。
テーブルにはデミグラスソースがたっぷりとかかったハンバーグ。
「美味しそう…」
思わずそう呟くと、あたしの後ろから、
「つくしちゃん、おかえりなさーい。」
と、元気な声が響いた。
「椿さんっ。」
「遅かったわね。お腹すいたでしょ、さぁ、座って食べて。」
正直言うと、かなりお腹はペコペコだった。
お昼にあんぱんとコーヒー牛乳を飲んだっきり、休む暇もなく動いていたから、水分さえもまともに取っていなかった。
「どこに行ってたの?お買い物?」
「いえ、…ちょっと」
「もしかして、デート?」
「えっ、ち、違いますっ!あたしそういう相手居ないのでっ。」
慌てて否定すると、そんなあたしを見て、
「あはははー、ほんとつくしちゃんって可愛いわっ。司と同じくらいからかい甲斐がある。」
と、楽しそうに笑う。
そして、ひとしきり笑ったあと、
「つくしちゃん、せっかく一緒に暮らすことになったんだから、仲良くしましょうね。妹ができたみたいで本当に嬉しいの。つくしちゃんがいつもこのくらいの時間に帰宅するなら、これからは待ってるから夕食は一緒にとりましょう。」
と、言ってくれる。
「ありがとうございます。でも…、」
「でも?」
「あたし、バイトをしようと思って…。
両親の住む田舎に帰る予定だったので前にしていた和菓子屋のバイトを辞めてしまったんです。でも、東京に残ることになったからもう一度バイトしないか?って言って貰えてて。」
そこまで言うと、椿さんが
「バイトねぇ。」
と、険しい顔をして言う。
「週にどのくらい?」
「3日か4日くらい。」
「んー、そう、寂しいわ。でも、仕方ないわね。
それにしても、つくしちゃんって偉いわね〜。司に見習えって言ってやりたいわ。
あいつったら、時間の許す限り遊び放題なんだから。今日も幼なじみコンビと出かけて行ったわよ。」
その椿さんの言葉で、昼間会った花沢類のことを思い出す。
「そういえば、花沢類も幼なじみなんですね。」
「そう。あら、つくしちゃん、類のこと知ってるの?」
「えー、まぁ、たまたまお昼が一緒になって少し話したんです。」
「へぇ、類が女の子と話すなんて意外だわ。」
あんな特殊な状況じゃなければ、花沢類もあたしなんかに話しかける事はなかっただろうけど、と苦笑する。
そして、花沢類との会話を思い出し、もう1人の幼なじみのことを椿さんに聞いた。
「みおさんって知ってますか?花沢類たちの幼なじみだって聞いたんですけど。」
「あー、美音?うん、小さい頃はよく司たちと遊んでいたのよね。」
「みおさんが英徳に復学したんです。道明寺はみおさんにかなり冷たい態度で…、理由は花沢類から聞きました。」
「んー、まぁ、司とは色々あったからね。
私としては復学して貰いたくなかったけど、みおのご両親は英徳の理事も務めた人だから仕方ないのよ。そのままアメリカでピアノの勉強を続けると思っていたのにね。」
「ピアノ、ですか?」
「そう、みおは美しい音って書いてみおって言うの。美音の父親は有名な作曲家で母親はピアニスト。美音も小さな頃からピアノの英才教育を受けて育って、10歳の時には国際ピアノコンクールで賞も取ってそこからは色々なステージに引っ張りだこ。」
「へぇー、すごい人なんですね。」
道明寺財閥の御曹司と、有名なピアニストの彼女。
肩書きも見た目も完璧な2人。
それなのに、2人に何があったのか。
「つくしちゃん、ハンバーグ冷めちゃうわっ。」
「あっ、ほんとだ。」
「食べ終わったら、私の部屋に一緒に行きましょう。
タマが美味しいデザートを用意してくれてるから。」
ニコッと笑う椿さんを見て、
こんな姉がいたら幸せだろうなぁと思う。
その時、椿さんの携帯が鳴った。
「もしもーし。
え?あんたたち、今どこにいるのよ。
もぉ、また会長に怒られるわよっ。」
そう言い、しばらく話したあと電話を切った椿さんがあたしに言う。
「司、会長の車で出かけて行ったのに、お酒飲んでお店で寝ちゃったらしいわ。
ったく、やけ酒するなんて、美音のことで相当参ってるわね…」
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