大学内にある図書館の中庭にあたしだけの憩いの場所がある。
そこは木々に囲まれた小さなスペースで古いベンチが一つだけポツンと置かれている。
他のベンチは鉄製で何度も色を塗りかけられて綺麗になっているのに、まるでそこにあるベンチだけ存在を忘れられたかのように木製のまま色禿げている。
でも、がっしりとした作りでアンティーク調の彫りがなされたベンチはとても素敵で初めて見た時からあたしのお気に入りになった。
それ以来、講義の合間やお弁当ランチの時によくここに来て時間を潰している。
何のため、誰のためにあるベンチかは分からないし、2年ほど通っているけれど、ここで誰かに会ったこともない。多分、あたしだけが知っている場所なのだろう。
そう思っていたのに、あたしは今日、初めてここで人に会った。
3つ講義を受けたあと、売店でパンとコーヒー牛乳を買いこのベンチにやってきたあたしは、朝の事を思い出していた。
道明寺と一緒に車に乗って登校し、エントランスで降りたところで、またあの女性に会った。
それは、以前バイトの面接でホテルに行った時に道明寺に話しかけていた女性だ。
確か、「みお」さんって道明寺が呼んでいた。
背が高くてすらっとしたモデルさんのような人。栗色の髪を一つにまとめて耳には小ぶりのピンクのピアスが光っていた。
「可愛いひと……」
みおさんを思い出しながら思わず口から漏れる。
でも、道明寺の態度を思い出しまたムカムカとしてきた。
「何なのよあいつっ。女性に対してあの態度って酷くない?口を開けばおまえに関係ねぇーって。ちょっとお金持ちだからって態度がデカすぎるっつーの!」
そう独り言を言ってあんぱんを一口がぶりと口にする。
すると、あたしの携帯が鳴った。メールだろうか。
開いてみると、椿さんからだ。
「つくしちゃん、今日は何時頃帰ってくる?」
そのメールを見ながらまたあたしは呟く。
「あのクルクル頭の男以外はみんないい人なのよね〜。会長はもちろん、椿さんも楓さんも優しいし。あの環境で育ったのに、どうしてあいつはあんなにひねくれた性格なの?」
そこまで呟いた時、突然後ろの木々の間から、
「ぶっ……」と誰かが笑う声が聞こえた。
「えっ!」
驚き、立ち上がると、木の間から1人の男の人が現れたのだ。
「ごめんね、邪魔しちゃって。あんたの独り言が面白すぎて耐えられなかったから。」
そう言ってまたクスクスと笑いながらあたしの隣に座ったその人は、あたしに、
「もしかして、君が牧野つくし?」
と、聞いた。
「……はい。」
「やっぱり。司のところに居候することになったんだよね?」
「そうですけど、……あなたは?」
「俺は、花沢類。司の幼なじみ。」
ああ、そうだ!この人は花の4人組の1人、花沢類だ。
確か、あの花沢物産の一人息子だと何かで聞いたことがある。
真っ直ぐにあたしを見てくるその目はまるでビー玉のようにキラキラと輝いている。
「どうしてここに?」
「んー、どうしてって、元はここは俺の場所。俺のためのベンチなんだけど、時々ここで寛いでいく人がいるようになって、俺はこの後ろの木の中にもう1つベンチを置いたって訳。」
「えっ、ここはあなたの?
もしかして、あたしが勝手に使ってたから?」
「そう。まぁ、いつも綺麗に使ってくれてたから何も文句は無いけどね。」
「ごめんなさいっ!あたし全然知らなくてつ!」
あたしは慌てて立ち上がり、あんぱんとコーヒー牛乳を両手に持つ。
「いいよ、あんた面白そうだから、これからもここ使ってよ。俺は自分のベンチがあるから大丈夫。」
そう言って、あたしに座れと促したあと、花沢さんは楽しそうに言った。
「司と上手くいってないの?」
「上手くって…特にあの人と話すこともないので。」
「プッ…司、むっちゃ嫌われてんじゃん。」
「だって、あの人の態度酷いんだもん。いつも命令口調でまるで自分が王様みたい。」
「まぁ、司は王様のように扱われて育ったからしかたないかもね。」
「それにしたって、女の人にもあの態度じゃ嫌われますよ。」
「そんなに酷いの?」
「酷いですよっ。今日だってみおさんって人に冷たい態度で、」
そこまで言うと、花沢類が怪訝な顔で言った。
「みお?会ったの?みおに。」
「…ええ、今日の朝、そこのエントランスで。」
「みおが大学に?」
「復学したって言ってましたけど…」
そう答えると、
「まじかよっ、はぁーー、帰国したって聞いてたけどまさか復学したのかよ。はぁー、参ったな。」
と、頭を抱えている。
「花沢さんもみおさんと面識があるんですか?」
「面識っつーか、まぁ、俺たちみおとは幼なじみなんだ。」
「幼なじみ?それなのに、道明寺はどうしてあんな冷たい態度を?」
あたしがそう聞くと、花沢類は少し考えたあと言った。
「あんたは一緒に暮らしてるし、いずれ知ると思うから教えておくよ。
みおは司の元カノ。2年前に突然司を振ってアメリカに留学したっきりなんの連絡もなしだったんだ。
みおが居なくなったあと司はかなり荒れてね、ようやく吹っ切れて元の司に戻ったと思ったのに、また現れたのかよあいつ。」
「元カノ…」
そうだったんだ。
自分を振って突然姿を消した相手が、急に目の前に現れて気安く話しかけてくれば、道明寺のあの態度も少しは理解出来る。
「何考えてんだよみおは…」
そう呟きながら大きくため息をつく花沢類。
その横顔が本当に道明寺のことを心配しているように見えて、
「優しいですね、花沢さん。」
と、思わず心の声が漏れる。
すると、栗色の目のこの人はニコッとしながら
「俺、気に入った子には優しいの。」
と、無邪気に笑った。
にほんブログ村
ランキングに参加しています。応援お願いしまーす✩.*˚
コメント