次の日の朝、いつも通りの時間にエントランスに行くと女が車の前で待っていた。
「おはようございます。」
と小さく挨拶されたのを無視して車に乗り込むと、女も遅れて反対側から乗り込んでくる。
これが毎日続くのかと思うとうんざりだが、会長の言うことは絶対だ。
会長に逆らえないという訳では無いけれど、逆らっていい方向に進んだ試しが今までないし、
今回もそんな気がしてならないから、文句はグッと我慢するのが得策だろう。
隣の女にチラッと視線を送ると、もうカバンの中から英語の教科書を取りだして読んでいる。
俺の方を見る気配すらない。
女にこれだけ無反応な態度をされるのも初めてのこと。わざと興味のないフリを?と思っても見たが、結局大学の建物が見えるまで全くこいつは教科書から視線をそらさなかった。
そして、大学内の敷地にもう少しで入る……という所で、今まで無言だった女が運転手に向かって話しかけた。
「あのぉー、すみません。」
「はい?」
「あたしはここで降ろしてもらっていいですか?」
「え?」
長年、運転手を務めている近藤が不思議そうに女を見る。
「校内に入ると人目があるので。」
「でも、」
今度は困ったように俺の方を見る近藤。
その近藤に俺は言う。
「降りてぇって言ってんだから、降ろしてやればいーんじゃね?」
このまま校内のエントランスで車を停めれば、同じ車から俺たちが出てくるのを大勢に見られ、おかしな噂が流れるのはごめんだ。
「降りますね。」
もう一度女がそう言って車のドアに手をかけた時、近藤が言った。
「申し訳ありません。
会長からは司様と一緒に大学にお送りするよう申し使っておりますので、ここで降ろす事は出来ません。」
どうやら、会長の言うことは絶対だと思っているのは俺だけではなさそうだ。
近藤はがっちりとハンドルを握り、俺と女の言葉を無視して校内へと車を走らせた。
………………
エントランスに着くと、案の定いつものように道明寺家の車を待ち構えている生徒たちが大勢いた。
その中で降りるのはもう慣れっこの俺とは対照的に、女は降りるのを渋っている。
それを見かねて、近藤が女の方の車のドアを開けた。
そして、車の中から女が降りた途端、周囲に広がるどよめきの声。
「え?あの子は誰?」
「なんで道明寺さんと一緒に?」
そんな声があちこちから聞こえてくる中、一人の女がすーっと俺たちの前に近付いてきた。
「っ!美音?」
「司、おはよう。」
「おまえ、どうして……」
「私、英徳に復学することにしたの。」
「あ?」
俺は驚きで言葉が出ない。
すると、美音は俺の後ろにいる女を見て言った。
「そちらの方はどなた?
どうして司と一緒にいるの?」
「関係ねーだろ。」
「そう?みんな知りたがってると思うわよ。」
美音はそう言ってエントランスの周りにいる生徒たちを見ると、他の奴らがコクコクと頷いている。
それを見て俺は、どうせこの先しばらくこの生活が続くのなら今のうちに公表しておいた方がいいだろうと思い直し、言った。
「俺の家で一緒に暮らしてる。
まぁ、簡単に言えば、親も認めてる仲っつーことかもな。」
……………………
「ねぇっ!ちょっと!」
「…………」
「ねぇっ、まちなさいってばっ!」
エントランスを抜け人気のない場所に来ると、女が俺に向かって叫んだ。
「なんだよ。」
「なんだよじゃないでしょ!さっきのアレは何?」
「アレ?」
「親が認めた仲って、変な言い方しないでよっ。」
「間違いじゃねーだろ。親が、いや祖父が認めた仲か?」
「そんな事言ってんじゃないのっ!誤解を招くでしょ、あんな言い方。」
誤解……。
わざとされるように言ったんだ。
なぜなら、美音がどんな顔をするか見たかったから。
ったく、何やってんだよ俺は。
まだあいつに未練があるのか?
もう、吹っ切れたんじゃねーのかよ。
頭をガシガシかき混ぜて大きくため息を着くと、
「ねぇ、聞いてる?!」
と、まだ俺の後ろでガミガミ言ってる女の声が響く。
それから逃げるように俺は校内へと走った。
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