それから1週間後、牧野家の全員があるホテルの一室に集まっていた。
そのホテルの名は「楓ホテル」。
一般庶民が立ち入ることなど出来ないほどの高級ホテルだ。
そこのスイートルームに招かれたあたし達は、心臓が飛び出るほど緊張している。
学長から「命を救ってくれたお礼がしたい」そう言われ、丁重にお断りしたのにも関わらず、田舎町に引っ越した両親と進まで一緒にここに招待された。
2LDKの小さなアパートに住んでいたあたし達にとってこんな広い部屋はかえって落ち着かない。
大きなソファーに4人肩を寄せあって座っていると、学長と2人の女性が部屋に現れた。
「お待たせして申し訳ありません。」
「いいえっ、あのぉ、つくしが大変お世話になっております。」
パパは緊張でガチガチだ。
「どうぞどうぞ、皆さんおかけください。
わざわざお越し下さってありがとうございます。
これは、私の娘の楓です。そして隣にいるのは孫の椿です。」
そう言って学長が2人の女性を紹介する。
どちらも、芸能人かと思うほど綺麗な人だ。
「もう1人孫がいるんですが、まぁ、遊び盛りでちっとも言うことを聞きません。今日もここに来るように言ってあるんですが、少し遅れるようですな。」
困ったように言う学長。
そして、手に持っていた鞄から数枚の紙を取り出し、あたしたちの目の前に置いた。
「早速ですが、今日はご両親、そして弟さんにお目にかかれて本当に嬉しいです。
つくしさんには、道端で倒れた所を救護してもらい、大変お世話になりました。
心から感謝しております。」
「私共もつくしからその事を聞いて驚きました。
まさか、英徳大学の学長さんだったとは。」
「本当に偶然ですねー、でもこれも何かの縁ではないでしょうか。」
「縁……ですか?」
「ええ。
救急隊員からつくしさんのお名前を聞きお礼に伺おうとしたら、うちの学生だと分かりましてね、喜んでいたところ、翌日に大学の方からつくしさんの退学届けを受け取ったんです。
それはそれは驚きました。」
「それは……お恥ずかしい話ですが、私の会社が……」
「承知しています。
申し訳ありませんが、少しご家族のことも調べさせて頂きました。ご両親と弟さんは引っ越しされたそうですね。」
「はい、私の実家が新潟の方なので。。」
「そうですか。
お父様は次のお仕事は?」
「おかげさまで、再就職先も決まりました。つくしも新潟の方に来ると言っているので、家族でやり直したいと思っています。」
パパがそう言うと、学長が
「実は、つくしさんをうちでお預かりさせて頂きたいと考えています。」
と、言い出した。
学長のその言葉に、牧野家全員が口をぽかんと開けて固まる。
「あのー、それはどういう意味で?」
「つくしさんの高校からの成績を遡って調べましたら、かなり優秀ですね。
品行方正、真面目で努力家、先生たちからの評価も高いです。
ですので、あと一年を残して退学するにはとても惜しい。
このまま大学を続けて行くべきだと。」
「もちろん、私たちもつくしに大学を諦めて貰いたくはないですけど、金銭的にどうしても厳しく……」
「そこはご安心ください。
今後1年間の学費は全て免除にします。
生活費も一切必要ありません。」
「はぁ?」
「つくしさんは私の命を救ってくれた恩人ですから学費は私がはらいます。
そして、住む場所も我が家に来て頂ければ、必要なものは全て揃っているので大丈夫です。」
学長の言っている意味がよく分からず、黙り込むあたし達。
ようやく我に返ったママが口を開いた。
「つくしが学長さんのお宅に住み、そこから大学に通うという事でしょうか?」
「その通りです。」
「…………。」
一瞬静まり返ったあと、
パパとママ、そしてあたしが一斉に言う。
「いやいやいやいや、それはっ」
「そんな馬鹿な話しっ」
「無理です無理ですっ、」
たかが道端で倒れた人を救護したからといって、大学費用や住む場所まで援助してもらうなんて、そんなうまい話がある訳が無い。
すると今まで黙っていた女性2人が口を開いた。
「つくしちゃん、遠慮することないのよ!
うちの祖父の口癖は、『他人から与えられた恵は必ず恩返しすること』なの。つくしちゃんに命を救ってもらった恩は、これくらいの事をしないとお返しできないわ。
それに、私も妹が出来たみたいで嬉しい、一緒に邸で暮らしましょう。」
「いえ、あたしはそんな……、」
「父の気が変わらないうちに、そこにサインをした方がいいわよ、つくしさん。我が家は部屋が20以上あるの。つくしさん一人くらい増えたってなんの問題ないわ。遠慮なんかしてたら運が逃げるわよ。」
あたしたちの目の前にある用紙には、大学費用の免除と、1年間道明寺邸で暮らす旨が書かれた契約書がある。
そこの下には既に学長の名前が記されてあり、あとは牧野家のサインをするのみの状態だ。
「どうしますか?つくしさん。最後はあなたが決めるべきです。」
学長がそう言って真っ直ぐにあたしを見つめる。
でも、あまりに突然の提案で、自分の気持ちを決めきれない。
すると、それまで何も言わずに黙っていた進があたしに向かっていった。
「姉ちゃん、この話、お受けしなよ。」
「え?」
「だって、大学辞めたくないんだろ?」
「でもっ、」
「姉ちゃんはいつも家族を犠牲にしてまで……って言うけどさ、俺一度もそんな事思ったことないよ。
むしろ、姉ちゃんが英徳に通ってるって俺にとって誇りだから。友達にも自慢しまくってるからさ、中退なんかされたら困るよ。
だから、有難くこの話お受けしたら?」
進のその言葉に、
そんな風に思っていてくれたなんて……と、
不覚にも涙が出そうになる。
そして、あたしは小さく息を吐き、学長に向けて言った。
「一生懸命、勉学に励みます。
1年間、よろしくお願い致します。」
と、その時だった。
ホテルの部屋の扉が開かれ、一人の男性が入ってきた。
「おう、やっと来たか。
遅刻だぞ、司。」
学長がそう言って手招きする男性を見て、あたしは固まった。
「遅くなって申し訳ありません。これが先程言っていた私の孫の司です。」
にほんブログ村
ランキングに参加しています。応援お願いしまーす✩.*˚
コメント