眠れない夜 2

眠れない夜

バイトの面接の日から3週間がたった。

数日前に電話で

「この度はご縁がなく……」と不採用の連絡を受け取った。

それと同時にあたしの中で全てが吹っ切れた。

大学を中退しよう。

パパの会社が危ないと聞いたのは半年前。再就職先を探しながら、あたしのために高額な大学費用を払ってくれていた。

いよいよ会社が倒産し、パパは故郷の町で再就職することにし、進とママと3人で引っ越すと言った。

あたしも……と言ったが、あと1年頑張れば誰もが羨む英徳大を卒業出来る、だからなんとか頑張れと家族みんなが背中を押してくれた。

だからあたし一人で東京に残り頑張ろうと思ったけれど、どう計算しても学費と生活費をやりくりするだけの余裕は我が家にはない。

あたし一人のために家族の生活を犠牲にすることは出来ない。

もう、この辺が潮時だろう。

そう決心し大学に「退学届」を提出した。保証人欄に記入する時、「ごめんな。」と言ったパパの号泣した顔は忘れない。今まで通わせてくれただけで感謝しかないのに。

今日、大学の総務課へ行き学生証を返却することになっている。

それが済めばあたしは完全にプー太郎だ。

早めにアパートの荷造りをしてパパたちが待っている故郷に帰ろう。

そう思っていた時、携帯がなった。

「もしもし。」

「牧野つくしさんですか?英徳大学総務課のものですが、」

「あ、はい。」

「退学届けについてですけど、」

「今日、学生証を返却に伺います。」

「あー、そのことですけど、総務課ではなく学長室へ行って貰えますか?」

「……え?学長室?」

「はい、学長と面談してから……という事になりまして。」

「…………。」

学長との面談。

退学する時にそんな事をするとはどこにも書いていなかった。

そもそも、学長が誰なのかも知らない。

確か、入学式の時に挨拶していたのはかなりのご老人だったはず。

そんな方と面談して退学の意志を伝えなくちゃならないのか。

「今日、2時に学長室に来れますか?」

「……分かりました。」

不安に思いながらもあたしはそう返事をして電話を切った。

………………

英徳大の学長室はキャンパスの中心部にある塔の3階にあった。

1階にある総務課には何度か来たことがあったけれど、上の階に上がるのは初めてだ。

ドキドキしながら約束の2時に学長室のドアをノックした。

「どうぞ。」

と中から女性の声が聞こえる。

そっと部屋の扉を開けると、

「牧野つくしさんですね、こちらへどうぞ。」

とソファに案内された。

「学長はもう少しで来ますのでお待ちください。」

「はい。」

シーンと静まり返った学長室。あたしの胸のドキドキが聞こえるのではないかと思うほど。

と、その時、奥の部屋から物音が聞こえた。

それと同時に扉が開かれ杖をついた老人が現れた。

あたしは咄嗟に立ち上がり、深く頭を下げる。

すると、その老人が言った。

「牧野さん、お顔をよく見せてください。」

「……え?」

戸惑いながらも顔を上げ真っ直ぐに学長を見つめる。

「命を救ってくれてありがとう。

お礼が大変遅くなってしまい申し訳ない。」

「っ!」

「気づいたかな?

あの時、道端でぶっ倒れた老人ですよ。」

そう言ってガハハハハーと笑うこの人は、3週間前にバイトの面接に行く途中にあたしの目の前で倒れたご老人だったのだ。

「あっ、あの時の!

大丈夫でしたかっ?」

「はい、あなたのおかげで助かりました。

もうすっかり良くなって元気満々です。」

「それは良かった。気になってたんです。

……でも、どうしてここに?」

不思議になってそう聞くと、老人はあたしにソファーに座るよう促しながら言った。

「改めて自己紹介させてもらいます。

私は英徳大学の学長、道明寺武です。」

「えっ、学長っ?」

「ええ。あなたの名前と住所を救急隊員から聞きましてね、お礼に伺おうと思っていたら、なんとうちの学生ではありませんか、びっくりしました。」

「はぁ……」

「そして、もっと驚いたことがありまして、その命の恩人であるあなたが「退学届け」を出したということです。」

そう言われ、思わず俯くあたし。

「理由をお聞かせくださいますか?」

「それは……、」

本当のことを話すべきか、それとも勉強についていけない等と嘘をつくべきか。

思案していると学長が言った。

「これはあなたの将来をかけた面談です。正直に話してください。」

その言葉で、あたしは今まで心に貯めていた家族にも言えなかった事を話し始めた。

「そもそも英徳高校に入ったのは、あたしの希望ではありませんでした。両親が広い世界をあたしに見せたいと思い選んだ学校です。

でも、結局6年間通ってもあたしは学校に馴染めず、あたしの世界は何も変わらなかった。ここにいるみんなとは最初から住む世界が違うし、彼らに近付きたいと思う気持ちも持てなかったんです。

これ以上、家族を犠牲にしてまでこの学校に留まる理由は無い。そう思って…………」

あたしがそう話すと、学長は「うーん」と腕を組みながらあたしに言った。

「あなたは英徳大が好きですか?」

「え?」

好きか嫌いか……初めてそう聞かれて思う。

そんな風に考えたことは一度もなかったかもしれない。

「今君が言った事は、家族を犠牲にしてまでとか、他の生徒たちとは住む世界が違うとか、私にとってはどれも後付けの理由にしか聞こえない。

1番大事なことは、あなたにとってこの大学は好きか嫌いか、ここに居たいか居たくないか、ただそれだけが聞きたい。」

「…………。」

好きか嫌いか、居たいか居たくないか。

そんな単純な事ではない。

でも、それを見透かしたように学長が言った。

「余計なことは考えず、素直な答えが欲しいのです。

あなたにとって英徳大は簡単に諦められる場所ですか?」

諦められる場所……そんなわけは無い。

バイトをかけ持ちしながら、化粧品や服も我慢し、辛抱しながら通った6年間。

周囲の学生は遊びに夢中の中、あたしは学校に来るのが唯一の楽しみだった。

そんな一流の先生たちから学ぶ日々がかけがえのない宝物だった。

だから、辞める前に、最後に学長だけには素直に伝えたい。

「いいえ。ここはあたしにとって最高の学び場でした。」

それを聞いた学長は、机の上にある書類を持ち上げ、突然あたしの目の前で思い切りビリビリと破り出したのだ。

驚くあたし。すると学長が言った。

「退学届は受理出来ませんな。」

「えっ?」

「卒業までの1年間、何も考えずに勉学に励むように。つくしさん。」

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