ライバルとなんて、恋しない 27

ライバルとなんて、恋しない

理不尽な噂は牧野の耳にも届いていたようだ。

「なんか、わりぃな。」

俺がそう言うと、

「本当に悪いと思ってんの?」

と、即答する俺の彼女。

「ああ、俺の耳に入ったら片っ端から否定してやるから。」

「でもさー、あながち間違いではないし……。」

「あ?」

「だって、男の人だけの呑み会に参加してたのは事実だし、道明寺の事も追いかけ回したりはしてないけど、そのぉー、ホテルに連れ込んだのはあたしの方だし?」

最後の方は消え入りそうな声で牧野がそう呟く。

こいつにとってあのホテルの一件はかなりの黒歴史のようだ。

「俺はあれで目が覚めた。」

「ん?」

「多分、ずっと前からおまえのことが好きだったのに気付かないふりしてきたけど、あの日おまえに触れた瞬間、俺の中で覚醒して制御不能になっちまった。俺は今思えば、かなり前からおまえが好きだったから。」

いつから?と聞かれたら自分でも分からない。

でも、仕事面でも一目置いていたし、女としても嫌悪感を抱いたことは1度もなかった。

むしろ、牧野の地味で堅実な姿に好感を持ち、いつも目で追っていたのは間違いない。

「だから、変な噂なんて気にすんなよ。」

俺がそう言うと、

「ん。時間が経てば静まると思うから大丈夫。」

と、笑って牧野は言った。

でも、それから1ヶ月、2ヶ月……

俺の専務就任の話がビジネス界に広まる中、牧野との交際の噂もついてまわり、牧野に対する妬みややっかみがなかなか収まらない。

仕事仲間の佐々木が心配して俺にメールをくれた。どうやら、牧野は仕事先でも色々と言われているのだろう、『大丈夫』と笑っていたけれど最近はかなりキツそうだと。

出来ることなら関わっている全ての奴らに向けて

『とやかく言うやつは全員処刑だ!』

と言って、黙らせてやりてぇ。

そう思いながら、その機会を俺は待ち焦がれていた。そして、ようやくその時がきた。

それは、牧野自身が、牧野にしか出来ないやり方で。

……………………

都内のホテルの大ホール。

そこで今日は張社長のバースデーパーティーが開かれていた。

主催者は建設業界の重鎮である名物会長。

張社長を中国にいる時から可愛がり、日本でのビジネスを後押しした人物だ。

ババァとも古くからの知り合いで、俺がガキの頃から邸にもよく遊びに来ていた。

張社長が日本に来てからちょうど5年目。

その節目にバースデーパーティーを開いて、更なる人脈を広げようという魂胆らしい。

俺も道明寺家の息子としてパーティーに招かれていた。次期専務としてババァに同行する業務が増えてくる中、最近はよく

「司さんはおいくつですか?そろそろ結婚は?お相手は?」

とデリカシーのない質問をしてくる奴が増えた。

今日のパーティーも例外ではない。

自分の娘を同行させた社長連中が、ババァと俺の周りに列を作っている。

ここは婚活パーティーか?と愚痴りたくもなるほどだ。

そんな中、疲れがピークに達した頃、俺をキレさせる事件が起きた。

「こんばんは、道明寺社長。」

そう言って挨拶してきたのは誰もが知るテーマパークを運営する会長。

その傍らには何年か前に一度紹介されたことがある会長の娘が立っていた。

「あぁ、どうも、松下会長。」

ババァがそう答えると、その会長は俺の方をチラッと見て、

「先日の件、お返事を頂けていなかったもので。」

という。

俺はてっきりビジネスの話かと思いきや、

「司さんのご予定は?」

と急に俺に振られて戸惑いながらババァに視線を向ける。

「もしかして、司さんにはまだ話されていないとか?」

「ええ、最近は仕事の方で立て込んでいましたので、」

「そうですか。でも、……変な噂を聞いたので、悪い虫がうろつかないうちに話を進めて頂きたくて。」

ババァと松下会長の会話に嫌な予感がしてくる。

すると、松下会長が自分の娘の背中を押して1歩前に出しながら、俺に向かって言った。

「司さん、これは娘の優香です。今の時代、政略結婚は古い考えだけど、幸いうちの娘は司さんの事が好きだと言っているので、お互いのためにも話を進めて行きたいとおもってるんだが。」

自己中にも程がある。

黙って聞いてれば、どの面下げて言いやがる。

こういう非常識な奴にはオブラートに包む必要は無い。

「お断り致します。」

冷たくそう言い返すと、松下会長の顔がみるみると強ばっていく。

「司、やめなさい。」

ババァが静かに制するが、一度言い出したら後には引けない。

「そちらが好きになるのは勝手だが、あいにく俺にもお付き合いしている女性がいますので。結婚は俺自身が望む相手としますから、お引き取りください。」

「っ!まさかあの噂は本当ですか?不釣り合いな女性とお付き合いしてるって……」

今まで黙っていた娘が急に口を挟み出す。

「言葉に気をつけろっ!」

俺がそう怒鳴った時、会場にもうひとつ大きな声が響いた。

「なにっ?どういう事だっ!」

声の方を振り向くと、今日の主役でもある張社長が電話を耳にあてながら険しい顔で叫んでいる。

「警察には?……なんで目を離しんだよっ、とにかく周辺を探してくれっ!」

かなり取り乱している様子の張社長。

「どうされましたか?」

ババァが輪の中に入りそう聞くと、

「実は……高齢の母の体調が悪くて日本の病院で診てもらおうと中国から呼び寄せたんです。

ホテルで1泊させて明日病院に行く予定だったんですが、どうやら1人でホテルを抜け出してしまったようで。」

「抜け出す?」

「ええ、…………母は認知症も患ってまして、自分の名前も忘れる事が……」

そう項垂れるように話す張社長。

俺の下調べでは、張社長は中国の国家政策でもある一人っ子で長男だ。

早くに父親も亡くなっているから、母親は若い頃から苦労を共にした大事な存在だ。

「警察には?」

「届けたそうです。」

「私から警視総監に連絡しましょうか?」

ババァがそう言って携帯を取り出した時、俺の胸ポケットに入れていた携帯が振動した。

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