付き合い始めてから1ヶ月。
お互いライバル会社に勤めているから基本仕事のことは話さないようにしている。
けれど俺も営業部を離れ、正式に『専務』という立場でババァの下に就くことが決まったので、それは牧野にも伝えた。
「専務?」
「ああ。」
「偉くなるんだぁ。」
呑気にクッキーを食べながらへぇ〜という顔で俺を見る。
「今より出張も増えるだろうし、ババァにこき使われて自由な時間も減るかもしんねぇ。」
「ふーん、大変になるねぇ。」
「寂しくねーのかよ。」
「……ん?寂しい?」
ったく、相変わらず甘いムードの欠けらも無い。
けど、多分俺はそういう所が堪らなく好きで、俺の闘争心をかきたてる。
追われるよりも追う方が性に合っていて、その中でも牧野という獲物は捕獲せずにはいられない。
「おまえなぁ、少しくらいは寂しいって思えよ。」
「だって、ほぼ毎日電話もするしっ」
「でも、電話じゃ出来ねぇこともあんじゃん。」
「……?」
「俺はおまえとこういう時間がねーと、寂しい。」
そう言って、獲物を押し倒す。
自分でも知らなかったが、どうやら俺は惚れた女の前では甘々らしい。
マメに連絡もするし、時間が空けば会いに来る。
「完璧な彼氏だろ?」
「自分で言うなっ。」
軽く抵抗しながらも、結局俺の手の中で大人しくなるこいつを俺は今日もお腹いっぱい食い尽くす。
……………………
専務就任が正式に来月に決まった頃、俺と牧野の交際の噂もどこからとなく流れ始めていた。
俺的には隠すつもりもないし、堂々とオフィス街で待ち合わせをしてデートすることに何の抵抗もないけれど、牧野は相変わらず警戒している。
外で食事をする時は会社から離れた場所、人気が多い場所では手も繋がない。
そんなに神経質になることか?そう思っていたけれど、梨花からある情報を聞いてその考えが変わった。
「お姉さんについて、あんまりいい噂が流れていないの知ってます?」
つい数日前にいつものように梨花の店に顔を出した時にそう切り出された。
「どういうことだ?」
「それが……、道明寺さんとお付き合いしてるって」
「別に隠してねーから」
淡々とそう答える俺に、フゥーと溜息をつきながら梨花が続ける。
「道明寺さんはそうでも、お姉さん的にはよく思われてないんですよ。」
「あ?」
「道明寺さんとお姉さんが付き合ってるって話が広まり出してから、変な噂が立ってるんです。
お姉さんが道明寺さんを追いかけ回して手に入れたって。」
「…………。」
あまりの驚きに言葉も出ない。
「男だけの呑み会にも道明寺さんが来るからって参加してたとか、道明寺さんに付きまとって仕事の情報を得て、プレゼンを勝ち取ったとか。」
「ふざけんなっ!」
驚きが怒りに変わり持っていたグラスをガチャンとテーブルに置く。
「私も否定してあげたいですけど、道明寺さんとの繋がりがバレたら困るので黙って聞いてるしかないんです。」
申し訳なさそうにそう呟く梨花。
「噂の出処は分かりませんけど、道明寺さんを狙ってる女性は沢山居ますから……」
「今度そういうこと言ってる奴がいたらすぐに知らせてくれ。直接俺が分からせてやるっ。」
そう言うと、梨花が俺に向かって言った。
「道明寺さんはお姉さんのフォローをしてあげてください。お姉さんの耳に入ったら、きっと傷つくだろうから。」
「……ああ、わかった。」
能天気に牧野との交際に浮かれていた自分が情けない。
あいつがあれだけ警戒していたのには訳があったのか。
牧野の耳に入る前に、いや、もう入っているかもしれない。
変な噂で、今まで牧野が培ってきたキャリアに傷をつけることになったら。
こうなったら。早急に動く必要が出てきたな……。
俺はそう考えながら、梨花の店を出た。

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