英德大学のF4専用ラウンジ。
そこでスリランカから取り寄せた高級茶葉をつかった紅茶に舌鼓をうつ花の4人組。
けれど、いつもと違うところが一つだけある。
それは………、
「司、おまえさっきから何読んでるんだよ。」
「………。」
「おいっ、司?聞いてんのか?」
総二郎の呼び掛けに気付いた俺は顔を上げると、あきらと類も不思議そうな顔で俺を見つめている。
「あ?何か言ったか?」
「何か言ったか?じゃねーよ。さっきから読んでるそれ、なんだよ。」
「あー、これか?漢文の教科書。」
俺のその答えに、ポカンとした顔をするお祭りコンビと紅茶を吹き出す類。
「司が漢文の教科書を読んでるなんて………嵐が来るな。」
そう言われても仕方がない。
俺は、この世で1番苦手なものは『古典と漢文』なのだ。
ちいせぇ頃からの英才教育のおかげで、今では8ヶ国語を操る天才の俺。
大学の科目である英語、フランス語、スペイン語、中国語は勉強しなくてもいつもテストは100点だ。
ただ、こんな俺でも欠点はある。
それは日本語に弱いと言うこと。
笑い話でも何でもない。
日本語、特に昔の言葉やことわざは超苦手。同じ漢字だらけでも中国語はいけるのに、漢文はダメ。
自分でも諦めているから、いつもテストでは60点がせいぜいだ。
そんな俺が漢文の教科書にかじりついてるなんて、こいつらが驚くのも仕方がない。
「なんで急に漢文の教科書なんて読み始めたんだよ。」
「もうすぐテストだろ。」
「………まさか、司くん。テスト勉強か?」
テスト勉強なんて生まれてから1度もしたことが無い俺を知っているこいつらは、開いた口が塞がらない。
「司、頭おかしくなったのか?」
「具合悪いなら、早く帰って寝ろ。」
こいつら本気で心配してやがる。
「うるせぇ。具合悪くなんてねーよ。
もう俺に話しかけんなっ、時間がねーんだよ。
テストまであと3日だろ。それまでに丸暗記してやろーと思って。」
「………。」
訳が分からない…という顔で俺を見てくるこいつらにボソッと呟く。
「牧野と賭けしてんだ。」
「あ?賭け?」
「ああ。漢文のテストで95点以上取るって。」
「ぶっ…ぎゃはははぁ、95点?無理だろムリムリっ!司が漢文で95点は有り得ねぇっ!」
爆笑しながらそう断言するあきらの頭をポカッとぶっ叩いてやる。
「なんでそんな勝ちもしない賭けしてんだよ、司。」
「しゃーねーだろ。あいつが…なんでも言うこと聞くっつーから。」
「なんでも?」
「ああ、95点以上取れば、俺と付き合うって。」
そう答えると、今まで爆笑してた3人から笑みが消えて、俺を可哀想な目で見やがる。
…………
今から3日前。
俺は牧野とこんな約束をした。
「おい、こんな所に突っ立って何してる?」
「はぁ?ここはバス停!バスを待ってるに決まってるでしょ!」
「バス?そんないつ来るかも分からねぇ乗り物に乗るなら、俺の車に乗ってけ。」
「ヤダ。………っていうか、バスが時間通りに来るって事、あんたは知らないんでしょーね。」
ため息混じりにそう答えた牧野は、分厚い本を読みながら立っている。
その横に俺も並んで、
「バイトは?」
と聞くと、本から視線を逸らさずに、
「休み。」
と、言う。
それなら⋯と、すかさず
「デートしようぜ。」
と言ってみるけれど、いつものようにフルシカトのこの女。
でも、そんな事、もう慣れた。
ひたすら押すだけだ。
「シカトかよ。」
「くだらない事言ってないで、あんたもテスト勉強したら?」
「テスト?そんなもんあったか?」
「はぁーー。いいわね、英才教育を施されたお坊ちゃまは。」
そう言って俺を見上げるこいつと、今日初めての視線が合致する。
それだけで、マジで幸せ。
「フランス語のテストがヤバいから、もう話しかけないで。」
「教えてやろーか?フランス語。」
「……、やめとく。」
今、少し迷っただろ。勉強、教えてやるっていう作戦は効果的か?
「他には?ヤバいのねーのか?」
「んー、漢文。」
漢文…。それは俺が唯一苦手とするやつだ。
何も言わない俺を不審に思ったのか、牧野が俺を見て言う。
「もしかして、あんたも漢文苦手なの?」
「………。」
「プッ⋯あんたにも苦手なものあるんだぁー。へぇー、いい事聞いちゃった。だよね、あんた日本語苦手だし、ことわざとか変に覚えちゃったりしてるもんね。」
こいつ、そういう事に関してはよく俺を観察してやがる。
「苦手じゃねーよっ!漢文?得意中の得意だっつーの!」
「クスクス⋯無理しなくていーから。」
「あ?無理なんてしてねぇ!毎回、ほぼ満点取ってるからなっ。」
毎回60点ギリギリの男が何を言う。そう自分にツッコミを入れたくもなるけれど、好きな女の前ぐらいカッコつけたい。
すると牧野がニヤッと笑いながら俺に言う。
「じゃあ、賭ける?
あんたが漢文で95点以上取れるかどうか。」
「95点…」
取れねーだろさすがに。
そう思ったけれど、次のこいつの言葉に俄然やる気が出る。
「95点以上ならあんたの勝ち。それ以下なら、あたしの勝ち。勝った方が、なんでも言うこと聞くってのはどう?」
なんでも言うこと聞く…その言葉に、
「OK。」
と、即答する俺。
その時、通りの向こうからバスが近づいてくるのが見えた。
ゆっくりと俺たちの前に来て止まると、バスの扉が開いた。
乗り込む寸前、牧野が俺に言う。
「何をして欲しいか考えておくからっ。」
と、早くも勝利宣言。
それに、俺も即答する。
「俺はもう決めてる。俺が勝ったら、俺と付き合ってくれ。」
その言葉と同時にバスの扉が閉まった。
ゆっくりと走り出すバス、その車内にいる大勢の乗客が俺と牧野をニヤニヤした顔で見ていた。
…………
「司、そんなに牧野と付き合いたいか?」
そう言って切なそうに俺を見てくるあきら。
「おう。」
「おまえが超苦手な漢文を勉強しようと思うほど、牧野に魅力があるとは思えねぇ。」
総二郎も呆れたようにそう呟く。
「で?司、95点以上取れそうなわけ?」
類のその問いに、
「当たりめぇだろ、満点取ってさっさとあいつを俺のもんにしてやる!」
自信満々にそう答えた1週間後、
漢文のテストが返された。
結果は68点。
散々だ。
「あんたの、付き合いたいっていう本気度はその程度なんだ?」
牧野にそう嫌味を言われ、F3には心底呆れられ、
俺は本気で叫んでいた。
「頼むっ!
マジで、漢文以外のもんで戦わせてくれっ!」
おわり♡

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