道明寺に向き合う…………、
その前にもうひとつあたしにはやらなくちゃいけないことがある。
震える手で電話をかけた。
どこにかけていいのか分からずに、とにかく調べ得た代表番号に電話した。
『牧野つくしが社長と話したい』
そんな小娘の言葉に、戸惑っていた電話の相手も、数分誰かと相談したのち、
『折り返し日時を知らせる』と言ってきた。
とにかく、誰の手も借りずにもう一度あの魔女と戦ってみる覚悟はある。
6年前のあの頃とは違う。
またダメかもしれない。
許されるはずがない。
だけど、もう逃げない。
次の日、携帯に連絡が来た。
久しぶりに聞く西田さんの声。
「お久しぶりです、牧野さん。」
「お久しぶりです。」
「本日、お時間空いてますでしょうか。
社長が牧野さんとお会いしてもいいとおっしゃってますが。」
「はい。いつでも。」
慌てて仕事の時間を調整した。
慌てて着ていく服を選んだ。
そして、呼び出された道明寺HDの社長室。
ここは、あたしが最後に魔女と会った場所。
ここで、息子には金輪際近付くなと言われた場所。
そこに6年ぶりに行く。
そして、今度はあたしが言う番。
道明寺を下さいと。
司の秘書である西田から連絡が入った時点でなんとなく予想が付いた。
「牧野つくしさんから会いたいと連絡がありました。」
6年ぶり、彼女と会う。
司が愛した唯一の女性。
それは昔も今も変わらない事実。
1週間前、司が珍しくこのオフィスに顔を出した。
プライペートでは絶対にないこと。
「どういう風の吹き回し?」
苦笑する私に、
「お願いがあります。」
そう言って突然膝をついた。
「牧野ともう一度やり直させて欲しい。
お願いします。
俺には……あいつが必要なんだ。」
情けない。
だらしない。
道明寺HDの次期社長が一人の女性のために膝をついて頼み込むなんて。
そう思う人もいるだろう。
だけど、私はこんな息子の姿を待っていたのかもしれない。
今、私の目の前にいる6年ぶりに会う彼女も、
昔と変わらず澄んだ意思の強い目で私を見つめて言った。
「お願いします。
もう一度、道明寺とやり直させて下さい。
あたし分かったんです。
どうしても道明寺がいいんです。
お願いします!」
アラブの石油会社のハマドが先月私に言った言葉を思い出す。
「司は仕事人間だと思っていた。
どんなに良い条件を出されても、人間味のない司との仕事は乗る気にならなかった。
だけど、僕の勘違いだったようだ。
司は誰よりも熱い人かもしれない。
とても彼に興味をもった。
解消した道明寺ホールディングスとの契約をもう一度考えてさせて貰えないだろうか。」
彼女と別れてからの6年、司は感情を必死に押し殺してきた。
それは、母親である私にもはっきり分かった。
それが数ヵ月前から少しづつ変化していた。
原因は……言わなくても分かる。
タマの怪しい動きもその一つ。
自然と私の口許も緩む。
その時からだろう、私はこうして彼女がこのオフィスに来ることを待ち望んでいた。
「許して貰えなくても諦めません。
何度でもお願いに来ます!」
そう言って深く頭を下げる彼女に、私はデスクから立ち上がり側まで歩いていく。
「牧野さん、あなた何も分かっていないわ。」
「……え?」
固い表情で顔をあげる彼女。
「許すも許さないも、それを決めるのはあなたよ。」
「……どういう……」
「6年前、私はあなたたちの覚悟が知りたかったの。
あなたと司の本当の覚悟。
司と生きていくということは、並大抵の覚悟じゃつとまらないわ。
政略結婚なんて序の口よ。
それを目の前にしてあなたはどうするか。
それなのに、6年前のあなたはあっさり身を引いた。
司と生きていくことを自ら手離したのよ。」
「………。」
「あなたにとって、司はそれまでの男だった。」
「……あの頃のあたしは……言われた通り覚悟がありませんでした。
道明寺のいる世界には行けないと思っていたし、道明寺もあたしの世界には来れないと思ってた。
けど、彼と離れてみて分かったんです。
道明寺のいない世界なんてなんの意味もないって。」
司も同じことを言っていた。
「あいつなしでは生きてる意味がない。」
バカな二人だこと。
こんなに時間がかかるなんて6年前は思っても見なかった。
別れてもすぐによりを戻すだろうと考えていた私の思いとは裏腹に、不器用な二人は感情を押し殺すことを選んだ。
到底、隠しきれるはずがないのに。
「牧野さん、司と生きていく覚悟はおあり?」
「……はいっ!もちろんっ。」

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