牧野の前に差し出した結婚式の招待状。
これは滋から渡されたものだけど、
俺が必死で貫いた意思の証でもある。
「これって…………」
「結婚式の招待状だ。」
牧野の肩に回してた腕をほどき、招待状を牧野に握らせる。
「おまえには絶対来てほしいって言ってたぞ。」
「…………。」
その細い指でゆっくりと招待状を開いた牧野が固まる。
「な……んで?」
「相手は年上のすげーいい人。」
「なんでよ。」
「滋のわがままも笑って聞き流す器のでけー人。
」
「どうして。」
「あんな滋にもベタぼれで笑えるぞ。」
「だからっ、どーしてっ。」
すげーマジな顔で、すげー怒ったように、
俺を見つめるこいつに言ってやる。
「何年たっても一人の女しか愛せない俺は、失格だってよ。
俺が愛してるのは昔も今も……おまえだけだ。
俺は決めたんだよ。
道明寺の家も会社もおまえのためなら捨てる覚悟は出来てる。
あとは、おまえを『うん。』って言わせるだけだ。」
嘘じゃない。
もうずっと前から覚悟は出来てる。
牧野と再会する前から、決めていた。
また会社のために結婚を迫られることがあれば、
俺は道明寺を捨てると。
それぐらい、自分でも分かっていた。
この先、一生、牧野以上に愛せる女には出逢えないことを。
「あんた、何バカなこと言ってんの。」
「バカなことじゃねーよ。
好きな女に好きだって伝えてるだけだ。
そして、力づくで俺のことを好きになれって言ってるだけだろ。」
「力づくで……って。」
まだ何か文句を言いたそうな牧野の肩を再びガシッと引き寄せる。
「道明寺っ!」
「別れろ。」
「はっ?」
「あのドクターと別れろよ。」
「…………。」
無言で睨むこいつ。
「なぁ、おまえさ。
すげーいい匂いする。」
途端に暴れだす牧野に苦笑しながら、
くっついてると体が反応してくる。
これ以上は色々マズイだろ。
「とにかく、おまえが『うん。』って言うまで、毎日会いに来るからな。」
「はぁーーーっ?!」
特大の牧野の叫び声に客も店員も一斉に俺らの方を見た。
:
:
「毎日会いに来る。」
宣言どおり道明寺は毎日あたしのマンションに来ているらしい。
あたしの部屋の前でポケットに手を入れて立っている姿はどこからみても悔しいくらい絵になっている。
でも、あたしも毎日家に帰れるわけじゃなく、病院に寝泊まりすることも多々。
そんなときはどうしてるんだろう……と疑問に思ってたあたしに、マンションの管理人さんが教えてくれた。
「牧野さんのとこに、毎日男の人が来てるけど知り合い?
背が高くてすごくイケメンなのよっ。
大抵、12時くらいまで待ってて、それでも帰ってこなかったら彼も帰るみたい。」
あいつだって暇じゃないはず。
いや、むしろあの人ほど忙しい人はいないはずなのに、
会えるか会えないか分からないあたしのマンションに通うなんて……。
今日も病院を出たのは10時過ぎ。
このまま帰れば道明寺に会うことになる。
自然と足は重くなり、用事もないのに目についたお店に入ってみる。
注文したアイスカフェオレを飲みながらぼんやり考える。
滋さんのことは正直驚いた。
まさか、婚約解消してたなんて思いもしなかった。
6年前、あたしたちを苦しめた『政略結婚』
相手が滋さんじゃなければあたしは戦ったのか?
その答えは、『NO』
相手が誰だったとしても、あたしには覚悟がなかった。
すべてを敵に回して、味方は唯一道明寺だけ。
そんな状態で、道明寺と将来を誓い合うことは、
あの頃のあたしには出来なかった。
だから、滋さんが結婚するからって、あたしの気持ちに変わりはない。
そう思ってるはずなのに、毎日部屋の前で道明寺を見る度に、あたしの心は揺れていく。
「今日は帰ってこねぇかと思った。」
そんな風に言ってあたしの頭をグシャグシャかき混ぜながら、嬉しそうに笑うあいつ。
そんな風にされると、嫌でも思い出してしまう。
道明寺に愛されてたあの頃の日々を。
あたしはそれを消し去るよに頭をブンブンと振って立ち上がった。
:
時計を見ると、12時半。
結局、一時間以上も喫茶店で時間を潰した。
もうこの時間なら道明寺も帰ってるだろう。
そう思って部屋の階のエレベーターを降りたあたしの目に写ったのは、部屋の前で座り込むあいつの姿。
たち膝に顔を埋めるようにして座る道明寺は眠っているのか、身動きしない。
鍵を開けたくても、この人がいては開けられない。
仕方無くあたしは小さく声をかける。
「道明寺。」
「…………。」
「道明寺。」
「…………ん。」
あたしの声に顔をあげた道明寺を見て、言葉を失った。
「ちょっと!どーしたのよ、この傷はっ。」
「喧嘩した。」
「は?どこで?誰と?」
「……いてぇ。」
道明寺の頬にはかすり傷と、唇の端からは血が滲み出ている。
何かを話そうとして口を開いた瞬間、また傷口が開いたんだろう。
柄にもなく痛そうに顔をしかめる道明寺。
「もうっ、とにかく入って。
傷見るから。」
あたしはそう言って道明寺の脇に手を入れて立ち上がらせる。
立ち上がった道明寺を見てあたしはまた固まった。
白いワイシャツに無数の血の跡。
部屋の鍵を開ける前に確認したいことがある。
「ねぇ、あんた人を殺したりしてないわよね?」
「あ?この状況で俺より他人の心配かよ。」
「だって、あんたならやりかねないから。」
とにかく、人は殺してないらしい。
あの熱を出した日以来、絶対に部屋にあげなかったのに、今日は仕方無く例外。
ソファに座らせて、救急箱を奥の部屋に取りに行く。
「牧野。」
「ん?なに?」
「血の味がするから、うがいさせてくれ。」
「ん。洗面所使って。」
奥の部屋からそう叫ぶと、救急箱を持ってリビングに戻る。
綿棒と消毒液を用意して待っててもなかなか洗面所から戻ってこない道明寺。
あたしはそれを持ったまま洗面所へ様子を見に行った。
「道明寺?」
「…………。」
「どうかした?」
洗面所を覗くと、鏡の前でワイシャツ姿の道明寺。
ボタンを胸の辺りまで外していて、引き締まった肌が見えている。
「いてぇと思ったらここもやられてた。」
そう言って指差すのは鎖骨の下。
赤く血がにじんでいる。
あたしはそんな道明寺に近付くと、道明寺もあたしの方に向き直り、
「手当てして牧野。」
と、甘えん坊が発動中。
「はぁーーー。そこ座って。届かない。」
「ん。」
洗面台に座らせて、まずは顔の手当て。
切り傷と唇の端に消毒液を浸した綿棒を当てていく。
その間も、道明寺はあたしの顔をじっと見つめたまま目を離さない。
そんな道明寺の顔をぐいっと横に向かせ、
「誰とどこで喧嘩したの?」
と聞いてみる。
「あきらと総二郎と飲んでたら、いきなり男3人が殴ってきたから、やり返した。」
「はぁ?いきなりって、あんたたちなんかしたんでしょ。」
「ちげーよ。俺は関係ねぇ。
ただ、総二郎がその男の女に手出したらしい。」
「はぁーー。そんなことだと思った。
殴られて当然だね。
それにしても、あんた喧嘩弱くなったの?
こんな風に怪我するなんて珍しいじゃん。」
喧嘩しても顔に怪我するなんて今まで見たこともなかった。
からかってやろうと思って言った言葉に道明寺はなぜか熱っぽい目線を向けてくる。
「な……なによ。」
戸惑うあたし。
そんなあたしに、道明寺は言った。
「おまえに近付きたかったから殴られた。」
「……え?」
「いつも俺から逃げるおまえだけど、病気のときは逃げねぇだろ。
怪我してれば、少しはおまえの側にいれるだろうと思って。
やっぱ殴られてよかった。
おまえの部屋にも入れたし、こうやっておまえと一緒にいれる。」
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