ドクター!17

ドクター

いつもより仕事を早めに切り上げて向かったのは、牧野のマンション。

部屋にいるのかいないのか、
仕事で帰ってくるのか来ないのか。

何もわからないまま、それでも足が向かう。

マンションの前まで来て、牧野の部屋を見上げると、案の定真っ暗。
自嘲ぎみに笑い、それでも帰る気なんてさらさらなく、部屋のドアに背中を預け時間を潰すことにした。

二時間近くそうしていたか。
コツコツと近付いてくる靴音に顔を上げると、
待ちわびた愛しい女。

「……何してるの。」

「待ってた。」

数秒間黙ったまま見つめあう俺ら。
その時間さえ痺れるほど甘美。

なのに、こいつは一瞬にしてそれをぶち破る。

「警察呼ぶよ。」

そう言って俺の横を通りすぎ部屋の鍵を開ける。

「待てって。」

「……。」
無言で睨むこいつ。

「この間、スーツの上着忘れていったろ?
取りに来た。」
今日はこの口実がある。

「ふーん。……ちょっと待ってて取ってくるから。……ちょっと!なんであんたまで入ってくんのよっ。本気で警察呼ぶからねっ!」

「うるせーな。いいだろ少しくらい。」

「ありえないっ。
上着持って早く帰りなっ。」

玄関の中に入ろうとする俺を力づくで阻止しようとする牧野。
揉み合った末、牧野の蹴りが俺にヒットして少しよろけた隙に部屋の中に消えた。
そして、鍵までかけやがる。

数分後、再び開いた扉から顔と手だけ出して、
「ん。」
とスーツを差し出すこいつ。

二時間近く待って、これで引き下がると思うなよ。

俺は差し出されたスーツとともに牧野の腕を引っ張り今度は容赦なく部屋から引きずりだした。

「やっ、……ちょっ、……ちょっと!」

「部屋がダメなら外でいいから少し話そうぜ。」

「話さない。」

「てめぇーは相変わらず可愛くねぇな。」

「ならさっさと帰るっ!」

マンションの前で言い合う俺ら。
その時、隣の部屋の扉が開き、老婆が顔を出す。

「……あっ、……うるさくてすみません。」
老婆の無言の圧力に屈した牧野はそう言って頭を下げたあと、俺のことを思いっきり睨みながら、早歩きでマンションのエレベーターへと向かった。

「どこ行く?何食いたい?」
エレベーターの中、緩む顔を抑えながら聞く俺に、

「はぁーーー。」と大きくため息をついたあと、
「ご飯はもう食べた。
おいしいコーヒーが飲める喫茶店が近くにあるから、そこにいこっ。
コーヒー1杯を飲む間だけ話し聞く。」
そう言って乱暴にエレベーターのボタンを押した。

マンション近くの喫茶店に入り、窓側の席に向かい合って座る俺ら。

牧野おすすめのコーヒーが運ばれてくる間も窓の外ばかり見て、俺と目を合わせないこいつ。
そんな牧野を俺は真っ正面からじっと見つめる。

こいつの反抗的な態度も、
可愛くねぇ言動も、
昔から何も変わっていない。
むしろ、それは俺にとって大好物。

店員が不穏な雰囲気の俺たちに気まづそうにコーヒーを置いていく。

それをゴングのように牧野が口を開いた。

「で?今日は何?」

「この間、おまえの彼氏に会った。」

「…………うん、聞いた。」

「いつから付き合ってる?」

「なんでそんなこと聞くのよ。
道明寺に関係ないっ。」

「コーヒー飲む間は話しする約束だろ。」

「話を聞くとは言ったけど、質問に答えるとは言ってないもん。」

相変わらず可愛くねぇ。

「なら、黙って聞いてろ。
学生時代から付き合ってるらしいな。
もうかなり経つだろ。
あいつから告白したのか?
おまえからか?」

質問には答えないらしい。
プイッと窓の外に顔を向ける。

「でもな、牧野。あいつはやめとけ。
俺にはおまえらが好き合ってるように見えねぇ。
俺があいつに宣戦布告してもあいつ全然怒らねぇの。
最初は余裕なのかと思ったけどよ、あれは違うな。戦う気がねーんだわ。
それに、……おまえの部屋、男の影が全くなかった。本気で好きならそろそろ結婚か同棲くらい考えるだろ普通。」

「そんなのあたしたちの勝手でしょ。
道明寺にとやかく言われたくない。」
そう言って睨みながらコーヒーをがぶ飲みするこいつ。
そんな牧野を見つめながら俺は話を続ける。

「それともあれか?
もしかしてあいつ知らねぇのかな。
おまえが意外に甘えるタイプで、口には出さねぇけど、時間があれば部屋で二人で過ごしたいと思ってることとか、部屋には二人でとった写真を飾ったりするマメなとこがあるとか。」

「うるさいっ。バカっ。」

「なぁ、牧野。
もう一度、俺と、」

「あーあーあーあーあーあーーー。」

突然、耳に手を当てて、あーあー叫ぶこいつ。

「あーあーあーー聞こえない。全然聞こえない。あーあーあーー。」

おまえは小学生かっ。
耳から手を取ってやり、
「うるせーよバカ。
おまえそういうとこマジで変わってねぇな。
都合悪くなるとそうやって聞こえないふりしやがって。マジで歳を考えろバカ。」
そう言ってため息をつく俺。

『もう一度、俺とやり直さねぇか?』

そう言いたかったはずなのに、雰囲気ぶち壊し。
さすがバカ女。

「道明寺、あたしコーヒー飲み終わったからそろそろ行くね。」

「ふざけんな。俺は全然飲んでねーよっ。」

「だいたいさ、こういうのって軽く犯罪だからね?」

「あ?」

「だってそうでしょ。
人のうちの前でウロウロ待ち伏せしたり、強引に部屋に入ろうとしたり、1歩間違えたらあんたストーカーで」

「あーあーあーーあーあーあーーあーあーあーーあーあーあーー。」

俺は、さっきこいつがやったのと同じように耳に手を当てて叫んでやる。

「あーあーあーー聞こえねぇ。
全然、マジで聞こえねぇ。あーあーあーー」

そんな俺の腕を思いっきりバシッと叩きやがり、
「バカっ、あんたは小学生かっ!」
と睨むこいつ。

「おまえに言われたくねーし。」

「ほんとバカ。」

「だから、そっちが先だろ。」

「ありえないバカ。
…………ほんとに、ほんとの話。
もう、こういうのやめにしよ。
あたしたち、これ以上、」

「あーあーあーーあーあーあーー。
あーあーあーーあーあーあーー。」

何も聞こえない。
その先は聞きたくない。

「ちょっと!うるさい道明寺っ。」
他の客の目を気にしてキョロキョロ周りを見ている牧野に構わず
「あーあーあーーあーあーあーー」
と言いまくる俺。

「道明寺っ、いい加減にやめて。」
それでも聞こえないふり。

そんな俺に痺れを切らした牧野が、正面の席から俺のとなりに回ってきて、
「うるさいからっバカ。
他のお客さんに迷惑でしょ!」
と俺の肩をバシッと叩く。

作戦成功。
捕獲成功。
隣に来た牧野を俺は逃がさない。

牧野の肩に腕を回し至近距離で言ってやる。
「俺の話をちゃんと聞かねぇおまえが悪い。」

それでも、バタバタ暴れるこいつに、俺は胸ポケットからあるものを取り出して暴れる牧野に差し出した。

「なによ。」

「滋から預かってきた。」

その言葉にピタリと固まる牧野。

俺が渡したのは滋から預かった
結婚式の招待状。

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