痛みに顔をゆがめて立ち上がれない牧野。
「おいっ、救急車呼ぶか?」
「いい、大丈夫。気にしないで……」
そう言われても放っておけるはずもない。
腕時計を見ると、23時半。
この時間から病院は無理だろう。
俺はポケットから携帯を取りだし、ババァにコールする。
3コール目で
「もしもし。」
と怪訝そうな声で出るババァに、俺は早口で言う。
「今、銀座にいる。吾妻ドクターに連絡を取って欲しい。すぐに診察して欲しい患者がいるって伝えてくれ。」
「はぁ、こんな時間に……」
「急患だっ、急いでくれ。」
道明寺家のおかかえドクターがここから程近い場所の大学病院にいる。ババァからの要請ならどんな時間でも引き受けるはずだ。
電話を切り、蹲っている牧野を横抱きに抱えると、すぐ側を通るタクシーを止め乗り込む。
「××病院へ。」
そう告げて隣に座る牧野に視線を送ると、額に玉の汗をかいたこいつは「ごめん。」と目を閉じながら小さく呟いた。
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病院到着後、
ババァからの連絡を受けてすぐに診察をしてくれた吾妻ドクター。
その後、『吉井です』と言って女のドクターにバトンタッチ。
30分ほど診察を受けたあと、
「痛みを抑える薬を点滴しているのであと1時間半程かかると思います。点滴が終わりましたら帰っても大丈夫です。」
と、告げられる。
「病名は?どこが悪い?」
「……えーと、ご本人の口から」
「診察したんだろ、教えろ。」
「個人的な事なので、ご本人からお聞きください。でも、……心配するような病気ではありませんが、あまり無理をしない、ストレスを抱えない生活をするように心がけてください。」
そう言って一礼し去っていくドクター。
それを見送ったあと、俺は牧野がいる部屋に入った。
ベッドに横たわるこいつの腕には点滴の線が繋がれている。
俺を見るなり、
「ごめん。」
と、また呟く牧野。
「大丈夫か?」
「ん。もう大丈夫。道明寺、帰って。」
「これが終わったらな。」
そう言ってまだまだたっぷり入っている点滴の袋を指さしながら、ベッドの脇にあるパイプ椅子に腰掛ける。
「で?ドクターはなんて?」
「…………。」
「言えねぇ程の重病か?」
「そうじゃなくて……」
ドクターといい、牧野といい、なかなかハッキリ言わねぇことに苛立つ。
「痛てぇって倒れ込むおまえをここまで連れてきてやったんだから、説明くらいするのが礼儀だろ。」
そうわざと機嫌悪く言ってやると、牧野が視線を逸らしてぽつりと言った。
「生理痛……。」
「……あ?」
予想外の言葉に、お互い気まづい雰囲気が流れる。
倒れるほどの生理痛の痛みとは、男には想像も出来ねぇ。
「……そんなにいつもキツイのかよ。」
そう小さく聞くと、
「ううん。ただ……」
と言いにくそうに俯く。
「途中で止めんな。ここまで来たら、最後までちゃんと言え。」
自分でも驚くほど、『心配だから』というニュアンスが声に漏れる。
それが牧野にも伝わったのか、こいつがぽつりぽつりと話し始めた。
「ここ半年ほどずっと生理が止まってたの。病院にも通ってたんだけど、忙しさとかストレスが原因だろうって言われてて……。でも、あの日の夜から急に生理が再開して、」
「あの日?」
「……ホテルに行った日。」
「…………。」
3週間前、俺たちがホテルに行った日か。
「俺の……せいか?」
「違うっ、そうじゃなくて、いやむしろ元に戻してくれて感謝してるっていうか……。」
「でも、今日の痛みは?」
「先生が言うには、再開した場合、次の生理の時に痛みが強く出ることもあるそうで、今回のはたぶんそれじゃないかって。」
そう言って、火照る顔をパタパタ扇ぎながら、俺に背を向けて、
「今日はありがと。もう大丈夫だから、先に帰って。」
と言う牧野。
その背中に向かってまるで父親みてぇに俺は言った。
「仕事はセーブしろ。酒も禁止。」
「はぁ?」
振り向いて、不服そうに俺を見るこいつ。
「おまえは働きすぎだ。残業もやめろよ。
それと、最低、半年間はここの病院に通ってドクターに診てもらえ。」
「なによ急に、」
その後になにか言いたそうな牧野だったけれど、俺がこいつの乱れた髪に手を伸ばし、
「そして、辛い時は……すぐに俺に連絡しろ。」
そう呟くと、困ったような顔で、それ以上は反論しなかった。
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