エレベーターから降りると、いつものように手前から3件目の店へと向かう……はずの俺の足が、今日は言う事を聞かずに、その先の階段へと進む。
そして、階段を段飛ばしにのぼり、息を切らしながら7階まで上がると、牧野の姿をキョロキョロと探す。
すると、7階の1番奥にあるホストクラブへ入る牧野の背中がチラリと見えて、俺は急いでその背中に向かって叫んだ。
「おいっ、牧野っ!」
その声に、牧野の背中がビクンと揺れ、顔だけ振り向く。
「……道明寺?」
そう呟いた牧野に駆け寄り、その小せぇ身体を店の外に引きづり出す。
「な、な、何よっ!」
「いーから、こっち来いっ。」
「はぁ?ちょっと、花が潰れるってば!」
両手に抱えた花束を大事そうに庇うこいつが気に食わない。
「そんな花、こっちに寄越せ。」
「やめてっ、贈り物なんだからっ。」
「だから寄越せって言ってんだろ」
「どういう事っ?花が欲しいなら、自分で買いなさいよっ。」
「花なんか欲しくねー。でも、それは没収だ。」
そう言って牧野の手から花を奪おうとする俺に、牧野が睨みながら言った。
「ママのために買った花を、なんであんたに没収されなきゃなんないのよっ。ほんと、意味が分かんないっ。」
「……あ?ママって?」
「千石バーのママっ!」
店の看板を見上げながらそう怒鳴る牧野と、ポカンと固まる俺。
そこには、『千石バー 幸代ママ』と書かれた看板が。
もしかしたら、これは最悪の状況か?と頭をよぎった次の瞬間、
「あらあら、どうしたのぉー?つくしちゃん、いらっしゃい。こちらの方は?」
と、店の中から着物姿の女が登場した。
そして、
「まぁ、素敵なお花〜。私のために持ってきてくれたのかしら?」
と、喜ぶ『ママ』を見て、俺は最悪だ……と心の中で呟きながら目を閉じた。
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結局、
『ママ』に強引に引き込まれて店に入れられた俺は、店の1番奥にあるテーブル席に座り、ママと優紀と呼ばれる女からニヤニヤ顔で見つめられている。
「お名前は?」
「…………。」
黙る俺を呆れた顔で見つめながら、
「道明寺司。」
と、代わりに答える牧野は、俺らから離れたカウンター席に1人で座り、ツマミのナッツを食っている。
「つくしちゃんとはどういうご関係?」
「…………。」
「仕事先でたまに会う人。」
と、またまた雑に牧野が説明する。
「へぇ〜〜。
それにしても、凄いイケメンねぇ。
つくしちゃんとは仲良いの?」
「いいえ。」
「全然。」
俺たちが同時にそう答えると、爆笑する『ママ』。
「つくしちゃん、お花ありがとうね〜。
でも、彼との約束があるならわざわざお店に来なくたっていーのに。」
「違っ!約束なんてしてないしっ。
この人は、ここのビルの中で働いてるお気に入りの女の子に会いに、夜な夜な通ってるのよね〜。」
「えっ、そんなんですか?道明寺さん。」
「違いますっ。」
「違わないでしょ、ほらあの5階にある紫の看板のお店の子。この男は、あのお店の若ーい女の子にメロメロなの。」
ナッツを口に入れながら、軽蔑した目で俺を見る牧野。
「おまえ、その勘違い発言やめろって。」
「ん?あたしの発言のどこが勘違いなの?」
「俺は仕事であの店に……」
「へぇー、仕事で?週に何回も?腕を絡ませてお見送りまでして貰って?」
「おいっ、」
ヒートアップしそうな俺たちの会話に、『ママ』が慌てて入り込む。
「つくしちゃん、もうその辺にしておきなさい。そして、飲みすぎよー。随分今日はピッチが早いわね。」
牧野は入店して30分足らずでもう3杯目。
頬も少し赤くなってきている。
「そんなに飲んだら帰れなくなるわよ。」
「明日は仕事休みだしいーんです。」
「なら、道明寺さんに送って行って貰う?2人とも仕事が休みなら、お泊まりしちゃう〜〜?」
『ママ』的には軽い冗談でそう言ったのだろうけれど、一気に俺たちの間に気まづい雰囲気が流れ、お互い分かりやすく視線を逸らす。
その仕草に、それまで黙って見ていた『優紀』が、
「あ、……もしかして、道明寺さんって、あの彼?」
と、牧野に向かって聞く。
「……へ?」
「ほら、だから、ゼロ%の彼?」
聞かれた牧野は明らかに動揺した様子で大きく首を振り、
「その話は忘れてっ。」
と、フラフラした足取りで立ち上がった。
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23時を回った頃、
「今日は誕生日だから早く店を閉めるわ。」
とママが宣言し、強引に帰り支度をさせられた俺たちは、真冬の夜道を並んで歩く羽目になった。
「さみぃー。」
「そう?あたしは暑い。」
「アルコールの摂りすぎだ。」
「それか、贅肉という服を着ているからかなー。」
自虐ネタでクスクス笑うこいつは完全にぶっ飛んだ酔っ払い。
でも、贅肉なんてどこにも付いてねーだろ、と頭の中で牧野の綺麗な裸体を思い返す俺は、もっと頭がイカれてる。
「……なぁ、」
「ん?」
「あのビルに行く目的は、あのママに会いに行くためか?」
「……そうだけど?」
「ホストクラブは?」
「ホスト?そんな上級遊びをするほどお給料貰ってないので。」
その言葉を聞いて、ほっとしたのと同時に、
「紛らわしいことすんな。」
と、愚痴が漏れる。
しばらく無言で歩いて行くと、突然牧野が言った。
「ねぇ、……道明寺。」
「あ?」
「あんた、どうやって帰るの?」
「おまえは?」
「あたし、……ちょっと……少し休んでくから、先に行って。」
「あ?どした?」
「大丈夫。少し……んー……」
急に顔をしかめて牧野がその場にしゃがみこむ。
「おい、大丈夫か?」
「ん。ちょっと……痛くて、……」
「どこがだよ。」
「おなか……かなー。」
そう言って困った顔で俺を見つめたあと、牧野は完全に道路に座り込んでしまった。
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