マジでやべぇ。
脇と背中に尋常ではない冷や汗をかいた。
病院に戻った俺は、外来と病棟を走り回り牧野の姿を必死に探す。
すれ違ったナースに、
「牧野先生見なかった?」
そう聞くと、患者の部屋からちょうど出てきた牧野の姿。
「牧野っ!!」
「児島、どーしたの?」
「いいから、ちょっと来いっ。」
俺はそのまま牧野の腕を取り、病棟のすみに設けられた喫煙所まで引っ張って行った。
「なっ、なっ、なによ。」
「マジでやべぇからっ。」
「なにがっ。」
「殺されるとこだったぞっ。」
「はぁ?」
俺は文句を言いたい。
こんな恐ろしい目に合わせられるなら、あのとき牧野のお願いなんて聞かなきゃよかった。
ひょんなことから道明寺さんとその友達、そして牧野と俺の四人でラーメン屋に行ったあの日。
「牧野、おまえこいつと付き合ってるのか?」
その道明寺さんの質問に
牧野の口からとんでもない言葉が発せられた。
「付き合ってるよ、あたしたち。」
俺はマジで自分の耳を疑った。
あれだけ学生時代から猛烈にアプローチしてきた俺に、一度もなびかなかった牧野。
そのこいつが、「付き合ってる。」と人前で言った。
あまりの驚きに固まる俺の足をテーブルの下で踏みつけて、ギロッと睨む牧野。
あ?
あー、そういうことかよ。
わかった。だから睨むな。
俺は瞬時に察した。
牧野がかたくなに恋愛から逃げていたのは、
たぶん目の前にいるこの人のせいなんだろう。
俺と付き合ってると嘘までついて遠ざけようとしてる理由がわからない。
そのあと病院に戻った俺に、牧野は必死にお願いをしてきた。
俺たちが以前から付き合ってることにしてほしい。
何か言われても彼女だって言って欲しいと。
「おまえさ、まさかあの人に暴力とかふるわれたの?」
「はぁ?!」
「だってよ、…………付き合ってたんだろ、道明寺さんと。」
「……なんでよ、どうして、」
「だって、さっき言ってたぞ。
牧野のことが今でも好きだって。」
「っ!道明寺と会ったの?」
「ああ。そこの喫茶店で話した。」
「まさか、児島っ、」
「言ってねぇーよ。ちゃんと俺とおまえは付き合ってるって言っておいた。
けど、……そんなの関係ねぇって喧嘩売られたけどな。」
牧野と道明寺さんの間に何があったのか。
ここまで来たら俺にも聞く権利はある。
「牧野、俺がおまえに何度も振られてきた理由はあの人なんだろ?
誰とも恋愛してこなかった理由はこれなんだろ?
…………おまえは、なんであの人から逃げる?」
少なくとも、さっき見た道明寺さんの目は本気だった。
俺は牧野を今でも好きだ…………。
それは、言い返せば、
今までずっと牧野しか見てこなかったという意味に聞こえた。
「おまえさえ、牧野さえちゃんと向き合えば、」
その続きを言おうとした俺に、
今まで見たことないような辛く悲しい顔で牧野が呟いた。
「あいつは、道明寺は、あたしの大事な人の婚約者なの。」
「……っ!……そんな、」
「今も昔も変わらないのは、そういう『現実』なの。」
牧野。
おまえはそれでいいのかよ。
おまえにとって、その現実はかなり辛い事実かもしれない。
けど、
『おまえは諦めきれるのか?』
『あの人から逃げ切れるのか?』
何かを吹っ切ったような、あの道明寺さんの強い眼差しを思い浮かべて、俺は心の中でそう呟いた。

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コメント
「尋常」の意味、文脈から察すると違うと思います。
ありがとうございます!訂正しました。