かすかな道明寺の話し声で目が覚める。
「…………ああ、…………頼む。
何かあったら連絡くれ、…………。」
あーー、昨夜はあのままあたしも眠っちゃったんだ。
ボーッとする頭をフル回転させて、昨日のことを思い出す。
そんなあたしに気付いたのか、道明寺が
「起きたのか?」
と声をかけてきた。
「ん。……具合どう?」
「昨日よりはいいけど、まだ熱ありそうだな。」
「計ってみて。」
体温計を手渡すあたしに、昨日みたいに甘えることなく受けとる道明寺。
ピピピ…………、37.3度。
「まだちょっと熱あるけど、無理しなければ大丈夫でしょ。
迎え来てもらえるの?」
そう聞くあたしに、
「今日は仕事休むって連絡した。」
と嬉しそうなバカ。
「なんでよ、忙しいんでしょ?
働きなさいよっ。」
「おまえ、それでも医者かよ。
熱ある患者に働けってすげースパルタだなっ。」
「なにが患者よっ。
しっかり栄養あるもの食べて、無理しなければそんな微熱なんてあっという間に治るわよ。」
医者としてはまともな事を言ったつもりなのに、
この人は相変わらず自分の都合の言いように変換する。
「玉子焼き。」
「…………はぁ?」
「おまえの作る玉子焼きが食いたい。」
なんでそうなる。
あんたは風邪引くと玉子焼きを食べる習慣があるのかい。
「甘い玉子焼き。
昔、おまえの作る弁当に入ってたあれ。」
昨日からの甘えん坊は治ってないらしい。
「それ食ったら、たぶん熱下がると思う。」
「どんな根拠よ。」
「俺が証明して見せる。」
「…………ほんと、バカ。
玉子焼き食べたら帰ってよ。」
あたしは、このどうしようもない手のかかる患者のためにキッチンへと向かった。
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ジュー…………玉子焼き専用のフライパンに甘い味付けの卵を何回かにわけて流し入れる。
クルクルと巻いて形を整えて、その作業を数回繰り返す。
程よい焼き色がついたそれを、フライパンからまな板へと下ろし、包丁を入れていく。
あとはお皿へのせるだけ……
その時、玄関からチャイムの音がした。
リビングのソファに横になる道明寺と目が合う。
「誰だろ。」
「俺が出るか?」
「そこから絶対動かないで。」
あたしはそう言って玄関のドアを開けた。
「おはよ。先輩から聞いた。
今日の外来、先輩に変わってもらうことにしたんだって?
どうした?具合悪いのか?」
そこには、あたしを心配して来てくれた児島の姿。
昨夜、寝る前に先輩にメールして今日の外来担当を変わってもらったのだ。
昨日、手術で疲れてるから変わろうか?と声をかけてもらっていたから助かった。
「ん、……ちょっと疲れがたまったから、先輩に甘えて変わってもらっただけ。」
「そうか、それならいいんだけど。」
「夕方には病棟に顔出すから。」
「うん。」
あたしのその言葉に納得して帰ろうとした児島だったのに、最悪のタイミングで
「どーも、児島ドクター。」
と、あたしの後ろから声がする。
振り返る児島と、固まるあたしを横目に、
「久しぶりだな。」
とあたしの隣まで歩いてくる道明寺。
「……どうも。朝から早いですね。
何か用事で?」
「昨日からここに泊まってる。」
「道明寺っ!」
狭い玄関で沈黙のまま交差する三人の視線。
その沈黙を破ったのは、児島だった。
「仕事に遅れるので。
牧野、あとでな。」
パタンと閉まる扉を見つめたあと、ゆっくりと道明寺の方に向き直る。
「バカっ!アホっ!クルクルパーっ!
なんであんたは余計なことすんのよっ。
絶対動かないでって言ったでしょ!」
久しぶりに人を蹴った、殴った、パンチした。
「いてぇーな。」
「うるさいっ!
こんなもんじゃ全然足りないからねっ。」
更に、蹴りとパンチを入れまくる。
そんなあたしの腕を道明寺はガシッと掴み、
あたしの目をみて言う。
「やっぱ無理かもしんねぇ。」
「はぁ?なにがっ。」
「あの児島だかいうドクターにおまえは渡せねぇ。」
何を言い出すのか。
ポカンとするあたしに、
「おまえが幸せならしゃーねぇなと思ってたけどよ、あの男にはおまえを任せられねぇ。
それに、おまえと過ごして分かった。
6年前の選択は間違ってた。
俺が選ばなくちゃいけなかったのは、会社でも社員でも道明寺の家でもねぇ。
俺が守りたいのはおまえへの本当の気持ちだけだ。」
昨日までの弱った顔でも、
さっきまでの甘えた顔でもない。
今、あたしの目をみてそう言う道明寺は、
相変わらず、昔と何も変わらない、
俺様のこの男。
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コメント
いつも楽しみに読ませてもらってます、今回の司君サイコ〜、きゅんきゅんさました!