仕事が終わってマンションに戻ると、ドアの前に
黒い物体が。
恐る恐る近付くと、顔を見なくても分かるそのクルクル頭。
ふぅーーーー。
「…………道明寺。」
「…………。」
「ねー、道明寺っ。」
「………………おせーよ。」
顔をあげてそう呟く道明寺。
こんなところに座り込んで酔ってるのかと思ったけれど、顔を見てすぐに分かる。
「具合悪いの?」
「ああ。…………ぶっ倒れそう。」
「っ!なんで、こんなところにいるのよっ、
バカっ、熱は?風邪?病院には行ったの?」
怒鳴るあたしに、この人は頼りなく笑って
「全部診てくれよ、ドクター。」
そう言って手を伸ばしてきた。
ドクター。
曲がりなりにもそう呼ばれる身としては、このまま病人をほっておけない。
伸ばされた手を乱暴に引っ張り、
「とにかく、入って。」
そう言って玄関の鍵を開けた。
倒れ込むようにしてリビングのソファに横になる道明寺に、まずは体温計を持ってきて
「計ってみて。」
と手渡すが、
「やってくれ、ドクター。」
と苦しそうな声。
「もうっ、…………ネクタイ緩めるよ。」
ネクタイを少しだけ緩めて、ワイシャツのボタンを2つ外す。
シャツの隙間から手をいれて脇に体温計を挟むが、その時触れる肌がかなり熱い。
38.7度。
とにかく、 自分用に常備してる抗生物質をなんとか飲ませて小さな保冷剤で全身を冷やしていく。
道明寺の体にはこの小さなソファでは窮屈でかわいそうだけど 、今の状態では起き上がり移動するのも辛そうなので、このまま熱が下がるまで様子を見るしかない。
薬を飲んで30分もしないうちに、荒い息をしながらも眠りについた道明寺。
あたしはそれを確認して携帯を取り出す。
迷ったあげくかけたのは
「もしもし、花沢類?」
「牧野?どうしたの、珍しい。」
再会してラーメンを一緒に食べたときに、帰り際こっそり渡された番号。
「あのね、お願いがあるんだけど。」
「なに?」
「あたしのマンションまで来てもらえないかな。」
突然のお願いに絶句する花沢類に、これまでの事情を説明すると、
「プッ…………さすが司。
それにしても、司が熱を出すなんて相当こたえてるな。」
と渋い声の類。
「なにかあったの?」
「んー、まぁ、最初から厳しい条件だったんだけど、仕事で大きな商談がうまくいかなかったんだよ。かなり時間もかけてきた案件だったし、司にとっては絶対成功させたかったはずだからね。」
「そうなんだ。」
道明寺財閥の跡取りとして背負う責任の重さ。
6年前のあのときからずっと何も変わらない。
道明寺が抱える大きな重圧。
一生背負っていく下ろすことの出来ない重み。
「牧野、悪いけど俺今日は忙しいんだ。
だから、司のことは牧野に任せる。」
「えっ、」
「司がそんな風になるまで落ちてるのは牧野にも関係あるんだよ。」
「…………どういう意味?」
「あんなボロボロになるほど苦しんでまで、牧野のこと手放したんだから、絶対司の母さんには仕事で認めさせるって、この6年頑張ってきたからね。
牧野、司のこと頼む。
司のこと、ちゃんと見てやって。」
そう言って切れた電話。
花沢類の言葉が耳に残ったまま、ソファで眠る道明寺に視線を移すと、額には玉の汗。
タオルを取りに行きそっと押さえるように汗を拭うと、まぶたがゆっくりと開いた。
「牧野。」
「ん?具合どう?」
「わかんねぇ。」
「汗かいてるから少しずつ熱下がってきてると思うよ。なんか飲む?」
「ん。」
「待ってて水持ってくる。」
冷蔵庫から冷えた水をコップにいれ持っていくと、
「起きれねぇ。」
とまた手を伸ばしてくる。
「はいはい。」
と手を貸してあげてなんとか起き上がらせると、
「飲ませて。」
とコップを自分で持とうとしないこのバカ。
「ふざけんな、甘えるな。」
そう言って軽く頭を叩いて強引にコップを渡すと、
「医者なのに患者にもう少し優しくしろよ。」
と渋々水に口をつける。
「まだかなりだりぃ。もう少し寝るわ。」
そう言ってまたソファに寝そうになる道明寺を慌てて引き起こして、
「上のスーツだけでも脱いだら?」
そう言うと、
「脱がして。」
の甘えん坊。
もうここまで来たら文句を言うのも時間の無駄。
はいはい、と呆れながらスーツの上着を脱がせ、首にタオルを巻き付けて、おとなしく寝なさいとソファに体を倒してあげる。
そして、もう1杯水を入れてこようかと立ち上がったとき、あたしの腕を道明寺が掴んだ。
「ん?なにか欲しいの?」
「……いや。
牧野、そばにいろ。」
「え?」
「いいから、ここにいてくれ。
どこにも行くな。」
あたしの手を握りそう呟くように言った道明寺。
それは、6年前にも聞いたことのある台詞。
別れることを選択したあたしに、道明寺は最後の最後まで『俺のそばにいろ。』そう言い続けてくれた。
でも、あたしはそれを、そんな道明寺の想いを受け止めきれなかった。
あのとき、道明寺を信じてあんたのそばを離れなかったらあたしたちどうなっていた?
今と違う未来が本当にあったの?
また眠りに入った道明寺を見つめながらそう思ったとき、道明寺のスーツの上着から携帯のバイブ音が聞こえてきた。
なんども鳴りやまないその音。
そっと携帯を取り出して見てみると、
そこには
『大河原滋』の文字。
それをみて堪えてたものが一気に溢れ出す。
やっぱりどうしても無理なのよ。
道明寺には道明寺の世界があって、あたしは絶対にそこには行けない。
あの頃も、今も、バカみたいに
『もしかしたら……』なんて思ったりしたけど、
やっぱり現実は『もしかしたら』なんてありえない。
バイブ音を聞きながら膝を抱えて泣くあたし。

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