誤解されたくない相手。
牧野が言った言葉が何度も頭をかすめる。
あいつには、もうそういう相手がいる。
俺が何かをすればするほど、あいつの幸せを壊す可能性がある。
このまま黙って引き下がるべきだ。
そう頭では分かっているのに、
今度こそ、今度こそ…………と、
俺の全身が訴えている。
「坊っちゃん。」
「……タマ。」
牧野の部屋に行った日以来、物思いにふけることが多くなった俺に、心配げに声をかけてくるタマ。
「今日は遅くなるんですよね?」
「ああ。」
今日は金曜日。
ハマドとの約束の日だ。
「成功を祈っています。」
「おう。」
:
:
メープルの小会議室。
ハマド側の関係者と道明寺側の関係者が向かい合う中で、両者の主張を最後の最後まで競り合わせたが、結果的に業務提携の判はハマド側から貰えなかった。
事実上の交渉決裂。
三時間近く話したが、最後は
「また機会があれば手を組ませて頂きたい。」
そんな社交辞令と握手でこの3年の苦労が水の泡になった。
会議室に残されたまま動かない俺に、西田が
「そろそろ行きましょうか。」
と、声をかけてくる。
「……ああ。
…………西田、先に戻ってくれ。」
「……わかりました、では。」
このまま帰る気にはなれなかった。
オフィスに戻ればババァへの報告が待っている。
邸に戻れば、タマからどうだったかと聞かれるだろう。
俺はこのままメープルの部屋に泊まることにして、バーで1杯寝付けの酒を飲むことにした。
飲み初めて30分。
1杯のつもりが、もうすでに3杯目。
寝不足と疲れで、たいぶ酔ってきていた。
その時、背後から
「ご一緒してもいいですか?」
とアラブ系なまりの英語で声をかけられ、振り向くと、さっきまで会議室で向かい合ってたハマドの姿。
「だいぶ飲まれたようですね。」
「ええ、まぁ。
今日はメープルにお泊まりでしたか?」
「はい。日本に来たら必ずこちらのホテルにお世話になっています。」
「それは、光栄です。」
お互いビジネスの世界ではプロ。
プライベートな時間に仕事の話はタブーだ。
「ご家族も日本に来られてると聞きましたが?」
「ええ、一緒です。
昨日までは京都に、今日は東京を観光して来たようです。
日本がすっかり気に入ったようで。
あなたは、ご結婚は?」
「…………いえ、まだ。」
「ご予定は?」
「…………数日前、振られたばかりです。」
かなり酔ってきたんだろう。
普段なら言わねぇことも口がすべる。
「あなたを振るような女性がいることに驚きですね。」
そう言って笑うハマド。
「6年前も振られて、今回も同じ女にまた振られました。
情けねぇな…………。
けど、どうしても俺はあいつがいいんです。
あいつしか……考えらんねぇ。
…………仕事も女も手に入れられなくて、
マジで…………情けねぇ。」
そこまで言ってテーブルに頭を伏せる俺を、
ハマドが黙って見つめていた。
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