足のしびれを感じて体勢を変えると、急に身体がぐらつきお尻に軽い衝撃を受けて目が覚めた。
ソファーから落下したのだと気付くまでに数秒。
そして、ここはどこ?と辺りを見回してハッとする。
あたしったら、道明寺司の部屋で寝てしまったのだ。
慌てて腕時計を見ると、1時間弱が過ぎた午前0時。
落下した床から立ち上がり、部屋をキョロキョロと確認してもあの人の姿はない。
仕方なく鞄を持って部屋を出て、エントランスまでの階段を下りる。
すると、後ろから
「目が覚めましたか?」
と、声がした。
振り向くと、道明寺司のお付きの人が立っていた。
「タマさんっ。」
あたしのその呼び掛けに、一瞬驚いた顔をしたあと、
「私の名前をどうして?」
と、聞いてくる。
「あー、さっき道明寺司がそう呼んでいたので…。
気づかないうちに寝てしまいました。すみませんご迷惑お掛けして。」
「いいえ、とんでもない。坊ちゃんのお客様ですから、ゆっくりしていってくださって構いませんよ。」
「あのー、その坊ちゃんですけど、今どこに?」
「違う部屋で休まれています。お呼びしましょうか?」
タマさんのその言葉に、あたしは慌てて首を振る。
「いえっ、いいです!あたしはこれで失礼します!」
なんだか気まずくて、今はあの男に会いたくない。
タマさんに深く頭を下げたあと、あたしは逃げるようにしてこの洋館を出た。
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牧野とタマの会話を柱の影に隠れて聞いていた俺に、
「そんなところに隠れていないで出てきてくださいな坊ちゃん。」
と、タマが言う。
「俺が居ること知ってたのかよ。」
そう言いながら出ていくと、
「そんな大きな図体で隠れていてもタマには分かります。」
と、呆れたように返される。
「坊ちゃん。車で送ってあげなくていいんですか?」
「通りに出たらタクシーつかまるだろ。」
「だとしても、夜道は危険ですよ。」
「心配するような間柄じゃねーし。」
「まったく、連れてきたのは坊ちゃんのくせに、薄情なこと言って。」
あの時は咄嗟にあいつを車に押し込んでここまで連れてきちまったけど、眠るあいつを見て冷静さを取り戻した俺は、後悔していた。
親しい仲でもない、いやむしろ宿敵だとお互い認めている相手。
それなのに…………、
あいつの赤い頬と大粒の涙が、
俺の判断をミスらせた。
「タマ、あいつの顔、腫れてたか?」
「少し赤みがある程度で、酷くはありませんよ。
そんなに気になるなら、自分で確かめればいいじゃないですか。」
そう言って渋い顔をしたあと、
「タマは休ませてもらいますよ。」
と言って自室へと戻っていった。
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それから1ヶ月後。
俺は取引会社との打ち合わせのため、相手の会社に出向いていた。
元々、大阪に本社があるその会社。
中国企業と連携してここ数年で都内の土地をかなり買い漁っている。
その土地のひとつに、道明寺ホールディングスが目をつけている場所がある。いずれそこを手に入れるために、今のうちから人脈のパイプを作っておいて、一気に攻め入りたい。
でも、ひとつ問題がある。
東京支社のトップが相当の曲者だ。
歳は40前半か。父親が中国人、母親が日本人のハーフ。30代まで中国にいたと言うから、仕事っぷりもかなり強引だ。
今日初めての顔合わせなので、アポの時間よりも30分早く会社に着いた。
すると、ロビーに見知った顔を見つける。
『ライバル』だ。
向こうも俺に気づき一瞬驚いた顔をしたあと、ゆっくりと近づいてきて言った。
「ども、お疲れ様です。」
「おう。」
「先日は……、お邪魔しました。」
1か月前のあの日以来、久々に会う俺たち。
「今日は、ここになんで?」
「2時から打ち合わせだ。」
「へぇー、偶然。あたしも2時からのアポで。」
そう言って腕時計を見る牧野つくしに、俺は嫌な予感がして一応聞いてみる。
「おまえのアポの相手って?」
「支社長の張さん。」
「チッ……やられたな。」
予感が的中して舌打ちをする。
「なに?どうしたの?」
「俺も支社長に会いに来た。2時からのアポ。」
「え?どういうこと?」
「中国式のやり方だ。ライバル社も関係なく一緒に顔合わせをする。その方が、時間短縮にもなるし、競争させようって魂胆。」
「じゃあ、もしかして、あたし達の他にも?」
「ああ、多分。ここのロビーにいる何人かは、同じ2時からのアポだろう。」
その俺の言葉の通り、通された会議室には俺らを含めて6社が集まっていた。
どこも日本では名の知れた一流企業。それを一気にまとめて相手すると言うことは、かなり強気な態度。
それぞれが腹のうちを探り合いながらの1時間が過ぎ、予定時間が迫った頃、支社長が言った。
「もう少し話し足りないですね。今日の夜、皆さんで呑みに行きませんか?」
これも噂で聞いていた通りだ。
ここの支社長はかなりの酒豪で、酒癖が悪い。
高級クラブに出入りして、何軒かは既に出禁になっているほど。
心底こういう連中とは関わりたくねぇ。
そう思っているけど、仕事だから仕方ねぇ。
それはこいつも同じだろうけど、
「ぜひ、喜んで。」
と支社長とにこやかに握手している『ライバル』を見て、
明日は全員が二日酔い決定だな……と心の中で呟いた。

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