「付き合ってるよ。あたしたち。」
牧野のその言葉に、
「ありゃりゃ。」
と小声で呟く類と、牧野を凝視して固まる児島。
「児島、さっさと食べて戻らなきゃ。」
「あっ、……ああ。」
黙々とラーメンを食べる二人をじっと見つめたままの俺に、
「司、ラーメンは伸びるらしいよ。」
と類が呑気なことを言いやがる。
そのあと、オフィスに戻った俺は、全く仕事に集中なんて出来るはずもなく、西田から渡された資料も机の上に放置したまましばらく物思いにふけっていた。
どれくらいそうしていたか、デスクの電話がなる。
「はい。」
「司様、大河原さまからお電話が入っていますが、……もしかして、電話会議の時間をお忘れではないでしょうか。」
その西田の言葉に慌てて時計を見ると、滋との電話会議の時間を大幅に過ぎている。
「わりぃ、すぐにかけ直す。」
それだけ言って、俺は必要な資料を慌てて用意した。
大河原財閥。
石油関連に強いパイプを持った大河原家は、道明寺の唯一弱い分野を得意としてる日本でも数少ない会社。
そこの一人娘の滋は道明寺にとってこれ以上ない結婚相手にふさわしい女だった。
しかも、俺とは牧野を通じて気心知れた仲だ。
両家の縁談話は当事者の想いとは関係なく、水面下でどんどん進められていった。
正直言って、牧野を失った俺にとって女なんて誰でも同じだった。
どうせ、好きな女とは一緒になれない。
恋愛も結婚も人生さえも会社の駒でしかない。
そう諦めて、滋と付き合うことにしたが、
彼氏、彼女らしいことをすればするほど、牧野を思い出す。
どうしても、滋に触れること、抱くことが出来なかった。
自分でも笑えてくる。
牧野相手なら、時間と隙があれば容赦なく襲いかかってたほどの野獣っぷりだったのに、そんな気さえ起きない。
そんな俺に、滋の方から嫌気がさしたらしい。
婚約して3年目、突然婚約解消が申し出された。
俺としては願ってもない話。
けど、ババァにとってはかなり痛手だ。
なんとか考え直してほしいと大河原を説得してたようだが、
「滋のわがままで婚約を解消させてもらいたい。
その代わり、大河原と深い繋がりがあるアラブの石油会社を紹介する。」
と、滋のおかげで会社も俺も救われた。
幸いマスコミには、大々的に婚約のニュースが噂になっただけで、そのあと正式にコメントを出していたわけじゃなかった為、俺らの婚約も解消もただの噂でしかなく、今となっては嘘だったのでは……とさえ言われている。
「滋、わりぃ。」
「司、どうかした?時間に遅れるなんて珍しいじゃん。」
「いや、ちょっと考え事してた。」
「そう、それより、ハマドから連絡あった?」
「ああ。メールが来てた。
金曜の夜にメープルで会う予定になってる。
そこで天国か地獄が通告されるんだろ、きっと。」
3年という長い月日をかけて、道明寺とアラブ石油会社ハマドとの業務提携に向けた話し合いが今週まとまる。
業務提携が成功するか、無かったことになるか、
今のところフィフティーフィフティー。
この仕事にかけてきた俺にとって大きな山場を迎える。
「とにかく、当たって砕けろ!ね、司。」
電話の向こうで滋がそう言った。
この間も確かそんな台詞を聞いた。
『当たって砕けろ。』
そうか、タマに言われたんだ。
牧野に再会した俺に、そう言って葉っぱをかけた。
「滋、あのよ、」
「ん?なに?」
「…………。」
牧野に会った。
もう大丈夫だと思ってたのに、全然ダメだった。
消したと思ってたあいつへの想いは、まだ全然消えてなかった。
今でも好きで堪らない。
滋にはいつかきちんと話さなきゃなんねぇこと。
けど、今はまだやめておく。
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