それから1週間後。
仕事終わりに同僚たちと一杯呑んだ後、家に帰るにはまだ早いと、いつものように足が千石バーへと向かう。
今日は親友の優紀も来ているはずだ。お互い30になっても独身のあたしたち。週末になればどちらともなくママの所で集合するのが常になっている。
「今から向かうね。」
そうメールしたあと、バーのある雑居ビルへと急ぐ。
そして、ビルが見えたところで、あたしの眉間に皺が寄った。
『またあいつだ。』
ビルの前にいるのは、1週間前にも見たあの酔っ払い客と店の女の子。
男の怒鳴り声が聞こえているのを見ると、どうやらこの間よりも状況は深刻のようだ。
あたしが近付くと、
「言うこと聞かねーとどうなるか分かってんだろーな。」
と、女の子へ威嚇する男。
こんな人通りの多い場所なのに、肝心の強そうな男は一人もいない。
どうしようか、また彼女の手を引いて逃げる?
それとも店からボーイを呼んで来ようか…
そう思っていると、ヒートアップした男に彼女が一言言った。
「あんたの言うことなんて聞くわけないでしょ。金輪際、店にも来ないで頂戴。」
一回りも年上の男にピシャリとそう言い放つ彼女を見て、あたしの胸はスカッとした。
けれど、それも一瞬だった。
男が逆上して腕を大きく上げ、「てめぇー!」と叫んだのだ。
殴られる…そう思ったあたしは、咄嗟に動いていた。
男と彼女の間に入って、馬鹿みたいに庇ったのだ。
案の定、あたしの頬には立っていられないほどの強い衝撃が。
コンクリートの上に倒れ込むあたし。
それを見て、「キャーっ、お姉さん!」と叫ぶ彼女。
あまりの衝撃に目が開けられない。
さすがに、この状況に街の人たちが集まりだした。
男が通りがかりの人達に押さえつけられる。
それでも反抗して
「うるせぇ、離せー!」と大暴れする男に、
「おいっ!てめぇー何したっ!」
と、聞き馴染みのある声が響いた。
「道明寺さんっ」
彼女がそう呼ぶ声に、あたしはぼぉーとする頭で『今頃来ても遅いのよ』と思いながら立ち上がる。
その間も、男は暴れで通りがかりの人達に殴る蹴るを繰り返している。大柄な男だから取り押さえるのも大変だ。
すると、その男の背後に回った道明寺司が首に手を回し一気に締め上げる。
さっきまで大暴れしていた男が「うぅー、うぐぅー」と言いながら脱力していく。
そして、最後にはヘナヘナとコンクリートの上に倒れて込んでしまった。
「えっ?えっ?死んだ?」
「いや、気を失ってるだけだ。」
「動かないけど?」
「冷たい水でもぶっかけてやれば、目を覚ます。」
道明寺司と周囲の人たちのそんな会話を聞きながら、あたしは人混みに紛れてそっとビルの中へと入っていった。
エレベーターには乗らず、ビルの奥にある階段をゆっくりと10段ほど下りようやくそこに座り込む。
そして、壁によりかかりながら殴られた頬にそっと触れる。
ジンジンと痺れている。
殴られて数分なのに、もう腫れてきているのがなんとなく分かるほどだ。
鏡で見てみようか…、そう思ってハッとする。
あの場に鞄を落としてきてしまった。
殴られた衝撃で手から鞄が吹っ飛んだのだ。
はぁーーー。
どこまでもついていない。
そう思うと、みるみると視界が潤んできてしまう。
痛みでは泣かなかったのに、情けなさで涙が出るなんて。
1粒涙がポロリと膝に落ちた時、階段の上から声がした。
「ここにいたのかよ。」
振り向かなくてもその声の主は分かる。
階段を下りてくる足音に向かってあたしは叫んでいた。
「来ないでよ。」
「あ?」
「なんか用?」
泣いてるところなんて絶対に見られたくない。
「殴られた所、見せてみろ。」
「大丈夫っ!全然どうってことないみたい!ここで少し休んだら帰るから、気にしないで。」
そう強がって答えると、少し間が空いたあと、
「…鞄落ちてたぞ。」
と、道明寺司が言った。
「あっ、ありがと。そこに置いてくれる?」
「ああ。……じゃあな。」
鞄が置かれる音と、道明寺司が去っていく靴音が聞こえて、また静けさが戻ってきた。
今日は千石バーに行くのは無理そうだ。
早く帰って痺れる頬を冷やした方がいい。
あたしは1つ息を吐いたあと、ゆっくりと立ち上がり階段を上るために振り向いた。
そして、思わず叫びそうになってしまった。
「えっ…なんで?」
あたしの視線の先には、帰ったはずの道明寺司が立っていたのだ。
慌ててまた逆の方を向き、階段に座りながら
「なんでいるのよっ!」
と、叫ぶ。
「…………。」
無言のまま、階段を下りてくる足音。
そして、あたしの前まで来た道明寺司は、床に膝をつきながら、
「見せてみろ。」
と、柄にもなく優しい口調で言った。
頬に当てていた手をそっと外すと、
「あいつ、ぶっ殺す。」
と、呟いた後、
「痛むか?」
と、聞く。
「全然。」
「バカっ。痛いに決まってるだろ。」
「じゃあ、聞かないでよ。」
言い合いながらも、道明寺司の手があたしの頬に触れた。その瞬間、ピリリと痛みが走り顔を歪めるあたし。
「ここ、切れてるな。」
殴られた弾みに、男の爪でも当たって切れたのだろうか。その箇所だけジンジンと痛みが激しい。
触って確かめようと手を伸ばした瞬間、その手を道明寺司に握られて下ろされる。
そして、その代わりに、道明寺司の長くて細い指がそっとキズに触れた。
「馬鹿だな。」
「なによ。」
「男に立ち向かっていくとか、ありえねーだろ。」
「か弱い女の子を助けたんだから、馬鹿はないでしょ。」
そう抗議すると、道明寺司があたしの顔をじっと見つめたあと、言った。
「おまえだって、か弱い女だろ。」
「…………。」
「二度とすんな。」
「…………。」
「泣くなって。涙でキズがしみるぞ。」
「…………痛い。」
「だろ?泣くなら上向いて泣け。」
「はぁ?難しいんですけどっ。」
迂闊にも道明寺司の優しい言葉に涙腺が緩んでしまった。それを誤魔化すために、視線を逸らして涙が落ちないように上をむく。
そんなあたしを見てクスッと笑ったあと、
「行くぞ。立てるか?」
そう言ってあたしの腕を取った。

にほんブログ村
ランキングに参加しています。応援お願いしまーす✩.*˚
こういう2人を書いていると、本当に楽しくて幸せです。
コメント
今日は、ずーと読ませて頂いてますがコメは久しぶりです。どのお話も好きですがあまりにもツボでお礼のコメしなくてはと。胸キュンでございます、お話ありがとうございます。
お元気ですかー、お久しぶりです!
寒くなってきましたね。
コメントとても嬉しいです♡
ツボってくれて大満足笑
このあともお楽しみくださいね✩.*˚