タマの退院の日。
「デートしようぜ。」
俺の誘いをバッサリ切り捨てて、立ち去った牧野とはあれ以来会えていない。
「司様、そろそろお時間です。」
「おう。」
タマの退院時間に合わせて、病院へ行くつもりの俺は、仕事を一旦切り上げて出掛ける用意をしていると、
「司、いる?」
とオフィスに類の声。
「類、どーした。」
「病院行くんでしょ?俺も一緒に行く。」
「あ?わざわざおまえまで行く必要ねーよ。」
「だって、暇だし、仕事してると眠たくなるから。」
さすがの類。
理由がすげぇ。
俺は頭を抱えながらオフィスを出た。
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二人でタマの病室へと行くと、すでに服を着替え荷物をまとめたタマが、児島ドクターと話していた。
「坊っちゃん、類さま、来てくれたんですか。」
「おう、一週間の入院にしては荷物がすげーな。」
「坊っちゃんやら、使用人やら、みなさんがたくさん持ってきてくれたから、こんな荷物になってしまいましたよ。
先生、お世話になりました。」
「いえ、お元気で。」
結局、牧野は姿を見せない。
最後の最後まで、俺とは完全に距離を保ったまま『昔の知り合い』を崩さなかったあいつ。
一度会っただけで、6年間の我慢がもろくも崩れた俺とは雲泥の差だ。
そんなことを考えていたとき、
「牧野は?」
と類が児島に聞いた。
「あー、牧野はたぶん外来にいるかと。
そろそろ昼の休憩だから、呼んできましょうか?」
「ん、呼んで。」
相変わらず、この人畜無害の男はさらっと俺が出来ねぇことをやってのける。
児島が一旦ナースセンターへと戻ったあと、しばらくして部屋のドアがコンコンとなった。
「どーぞ。」
類の楽しそうな声に、
「失礼します。」
と白衣姿の牧野。
昼間の明るいところで見るこいつは、6年前とほとんど変わっていない。
俺の方を見ることなく、タマと話すその姿は、
以前俺らが情熱的に愛し合ったことさえ夢だったかのように感じて、虚しさが胸を締め付ける。
6年前、牧野が言った言葉を思い出す。
『好きでも、どうしようもないこともある。』
それは、あの頃の俺だけじゃなく、
今の俺にも言われてるような気がして、
これ以上まともに牧野を見ることが出来なかった。
そんな俺の隣で、
「牧野、お昼ご飯食べに行こう。」
と呑気に誘う類。
「え?」
「ダメ?少し時間あるでしょ?
近くならいい?」
「んー…………」
困ってる牧野に、
「言ってくれば?」
と児島が言う。
「でも、」
まだ何か言いたそうな牧野に、
「みんなで行ってらっしゃい。」
と、タマの声が響いた。
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結局、時間の問題で来れたのは、この間牧野と二人で食ったラーメン屋。
しかも、タマが言った『みんなで』とは、
類と牧野と俺の他に児島まで。
なんとなく気まずい雰囲気を醸し出す俺と牧野とは逆に、心底楽しそうにラーメン屋を堪能する類と、それを見て、「ほんとにラーメン屋に来るの初めてですか。」と驚いてる児島。
それぞれにラーメンが運ばれてきて、
「いただきます。」のあと、
俺の正面に座る児島が、牧野のラーメンの器に自分のネギを入れていく。
目の前で当たり前のように繰り広げられるそれを黙って見ていると、
「俺、ネギだめなんです。」と照れ臭そうに言う児島。
それを見て思い出す。
昔、牧野と付き合ってるとき、よく俺がリクエストして焼きそばを作ってもらった。
牧野の作る焼きそばは、牧野の実家の味で紅しょうがが入っている。
俺は、それが苦手で、牧野の皿に移してたのを思い出した。
俺のいたポジションに、今はこいつがいる。
『好きでも、どうしようもないこともある。』
なぁ、牧野。
ほんとにそうなのか?
俺は、バカで、おまえが言うようにクルクルパー
だから、やっぱり好きな女を前にして、
黙っていられるほど利口じゃねぇ。
「牧野、おまえこいつと付き合ってるのか?」
「…………。」
俺の言葉に他の3人が顔をあげる。
「牧野、どうなんだ?」
もう一度、聞くと、正面の児玉が
「あの、」
と口を開く。
それを遮るようにして、牧野が言った。
「付き合ってるよ、あたしたち。」
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