タマが入院して5日目。
昨日聞いた牧野とあの児島だかいう医者の会話が頭から離れない。く
27歳になったあいつに彼氏がいないとか、そんな都合よく考えていたわけじゃねーけど、実際現実に見せられると、かなり凹む。
年頃の男女で、着替えを頼むような仲なら、それなりに…………、
「司様、あのぉー、書類が……。」
「あ?……あっ、おう、わりぃ。」
自然と力が入り、手の中にあった書類がグシャグシャになっている。
「ところで、タマさんですが、明後日に退院が決まりましたので。」
突然の話に書類から顔をあげる。
「あ?明後日?
まだ一週間も入院してねーだろ。
癌ってそんなに早く治るのかよ。」
「はい?」
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その日、遅くまでの会食をイライラした気持ちで乗り切り、そのままタマの病院へ車を飛ばす。
病院に着いたのは10時過ぎ。
そっと病室を覗くと、寝息を立てて眠るタマの姿。
「ったく、いい気なもんだな、ババァ。」
そう呟いて俺はナースセンターへと向かった。
「牧野ドクターは?」
突然の俺の質問に焦るナース。
「あのぉー、」
「患者の病状について家族が至急話したい。
担当医師じゃなく、手術を受け持ったドクターに
確認したいことがある。
呼んでくれ。」
こういうときに道明寺の名は便利だ。
有無を言わせず対応させる力がある。
5分後、
病室の前の椅子に座る俺に、
「こんな時間になにごと?」
と牧野が声をかけてきた。
俺は、無言で隣をポンポンと叩き座れと合図を送ると、牧野も無言で座る。
しばらく沈黙のあと、俺が切り出した。
「タマの退院が決まったそうだな。」
「うん、明後日。」
「普通そんなもんか?」
「ん、そんなもんでしょ。
長いくらいかな。最近は日帰りとか3日間の入院ぐらいの人もいるよ。」
「ったく、あのババァ。」
牧野の話を聞いて悪態をつく俺。
「どうかした?」
と聞いてくる牧野。
「胃の手術っつーから、癌かと思ってたんだよ。もう長くねぇとか、坊っちゃんのお世話をするのもこれが最後とか、紛らわしいこと言いやがって。胃のポリープ取るぐらいでそんなに大袈裟に騒ぐんじゃねーよっ。」
「……プッ……フフ……ハハハァーー。
タマさんにあたしちゃんと説明したよ。
日帰りでも出来るくらいの簡単な手術だって。
でも、この際全身くまなく調べてほしいって、
出来るだけ長く入院させてくれって言われて。
全身しらべたけど、癌なんて、どこにも見つからなかったから安心して。」
そう言って笑う牧野。
「ふぅー。タマのヤロウ。」
「フフ……じゃ、そういうことだから。」
そう言って立ち上がる牧野。
俺は咄嗟にその細い腕を掴み、
「お礼っ……礼がしたい。
タマの命を救ってくれた礼だ。」
そう言うと、
「はぁ?だからさっきの話聞いてた?
命がどうこうっていう病気じゃないの。
ただ、胃に出来物ができて、それを取っただけ。
そんなことで、お礼される筋合いはない。」
そう返される。
だけど、このまま引き下がるつもりはない。
タマが退院すれば、牧野との接点もまた無くなる。
こうして会うチャンスは残り少ない。
「退院する日、飯でもごちそうする。」
「無理。」
「なんでだよ。」
「患者さんや家族から個人的に接待は受けられない。」
「なら、礼じゃなく、別の理由で誘う。
牧野、……俺とデートしようぜ。」
「…………。」
立ってる牧野と、座ってる俺。
数秒間見つめあった後、
「相変わらず、クルクルパーだわ、この人。」
と呟いて立ち去るこいつ。
「おい、……おいっ!」
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