「あ゛ーーーー、もうっ、腹立つ!」
そう呟いてハイボールをガブッと1口呑む。
「つくしちゃーん、明日二日酔いになるわよ〜。」
「いーんです。どうせ明日出勤したら、部長のお説教から始まるし。」
「だったら尚更、お酒臭かったらまずいでしょ。」
そう言って店のママがあたしの手からハイボールのグラスを取り、代わりに温かいお茶を置いてくれる。
「はぁーーー。あと少しだったのになぁ、いい所までいってたと思ったのに、いっつも土壇場であいつに持っていかれちゃう。」
「また、例のライバル?」
「思い出しただけでも腹立つ!こっちが何ヶ月もかけてコツコツ築いてきた取引先との信頼関係を、あいつは『御曹司』っていう最強の武器でかっさらっていくのよっ。今回だって、またなんか上手い話でもして、取引先を丸め込んだはず。ずるい手を使わないで、あたしみたいに正々堂々自分の足で仕事を掴みなさいよっ!って言ってやりたいわっ。」
「御曹司ってどこのだっけ?」
「道明寺ホールディングス!」
「はぁー、また凄い人をライバルにしちゃったわねつくしちゃん。」
「どこが凄いのよっ。凄いのは名前だけ!いっつも態度でかくて感じ悪いし、会っても鼻で笑うように見てくるし、頭の先からつま先まで完璧でまるでAIロボみたいで気持ち悪い。」
「気持ち悪いって、そこまで言わなくてもねぇ。」
「頭なんてクルクルなんだから。」
「クルクル?なのに、そんなに仕事はできるの?」
「クルクルって頭が悪いって事じゃなくて、テンパで髪がクルクルなの。」
「……、ぶっははは〜、そうなの?それはなんか笑えるわね〜。そのつくしちゃんが言う、気持ち悪いAIロボのクルクル男に一度会ってみたいわぁー。」
店のママの大きな笑い声が、いつものようにあたしの心を癒していく。
ここのママとはもう15年もの付き合い。
高校生の時に偶然バイトの募集を見つけて、入ったのが和菓子屋だった。そこの女将さんだったのがこのママ。
根っからの明るさと、人を楽しませるトーク術でお客さんが耐えなかった和菓子屋。
そこも5年前に、女将さんのお父様である先代の主人が亡くなり、店を閉めることになった。
元々、不動産もいくつか所有していたので、店を閉めても生きていくには充分なお金はあったけれど、逆に和菓子屋に通っていたお客さんの方が、女将に会えなくなるのを寂しがって閉店を悲しんだ。
そんな中、突然女将が言い出したのだ。
『ビルの最上階で小さなバーを開くわ。従業員は私だけ。話したい時にいつでも話に来て。』
それから5年。
亡くなったお父様が所有していた銀座にある古いビルの最上階に、本当に女将さんはお店を構えていた。
1階から7階まではキャバクラやホストクラブがびっしりと入ったビル。
その7階の一番奥に、『千石バー』という名前でひっそりと開店している。
今年で30歳になったあたしも、仕事で何かあればよくこの店に通って女将に、いや今は『ママ』に愚痴を聞いてもらっている。
「つくしちゃん、もう遅いわよ。
終電、逃しちゃうから帰りなさい。」
「タクシーで帰るからもう1杯…」
「何言ってんのよ、倹約家のつくしちゃんがそんな事言っちゃダメでしょ。さぁ、ほらほらー立って!」
「んんー、おかみさーん」
「女将じゃないの、今はママよ。ほらっ、コート着て、寒いんだからマフラーもちゃんと巻いていきなさい。」
まるで本当の母親のように世話を焼いてくれる女将さん。
だから、ついつい来てしまうのだこの店に。
「お金…」
「今日は私の奢り。ライバルに負けたからって、落ち込んでちゃダメよ!明日からまた頑張りなさーい。」
「う゛ーー、女将さん。」
「泣かないっ!週末、また寄りなさい。煮魚用意しておいてあげるから。」
「女将さんの作る煮魚食べたい!週末まであと3日頑張る!」
あたしはそう言って拳を高くあげたまま店を出た。
廊下を歩きエレベーターの前に着く。
『千石バー』の両隣りはホストクラブだ。
派手なスーツ姿のチャラチャラした若い男の子が、客の女の子とイチャイチャしながら廊下でタバコを吸っている。
昔はそんな光景に嫌悪感を抱いたこともあったけれど、結局みんな同じ。癒されたくてこのビルにきている。
あたしは女将さんに癒されたくてここに来ているし、この女の子もこのホストボーイに癒されたくてここにいる。
あたし達の目的は一緒だと分かってからは、こういう光景も微笑ましく思えるようになった。
エレベーターが来て、あたしは乗り込む。
12月の寒さは酔った身体に染みる。
マフラーをぐるぐると巻き直し、コートの前のボタンをしっかりと留めた所で、ガタンとエレベーターが5階で止まった。
ゆっくりと扉が開き、腕をからませた男女二人が乗り込んでくる。
その男の方の顔を見て、あたしは…固まった。
同時に、向こうもあたしに気づき一瞬乗るのを躊躇したけれど、
「どうしたの?」
と、女性に言われて、
「いや。」
と、呟いたあと乗り込んできた。
エレベーターが動き出す。
あたしの前に立つ二人。
どうやら、女性の方は店のホステスのようだ。
胸元が大きく開いたドレスからは今にも溢れそうな胸が見えている。
男の方は、仕事帰りなのは間違いない。
だって、今日の昼に取引先の廊下ですれ違った時と同じスーツを着ているから。
そう、この男はさっきまで女将と話していた、あたしのライバルの道明寺司なのだ。
「寒い〜」
そう言って、女の子が道明寺司の腕に身体を密着させる。
その様子を後ろから見ながら、あたしは眉間にシワを寄せる。
ふふ〜ん、あたしはヤケ酒だったけど、きっとあんたは違うよね。
今日も大きな仕事をゲットした暁に、こうしてお気に入りの女の子がいる店で乾杯でもしていたのだろう。
1階にエレベーターが着き、前の二人が降りていく。
そして、
「また来てくださいね、待ってます!」
と、最上級の笑顔で見送る彼女に、
「ああ、また頼む。」
と、言った道明寺司。
あたしはそんな男の背中にわざとドンっと体当たりした後、
「あら、ごめんなさーい。」
と言って、銀座の夜の街に入っていった。
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ゆっくり更新ですが、新作もお楽しみください。
コメント
新作楽しみです!!
司一筋さんの作品は何回も何回も読み返しています
なんと、嬉しいコメント!
読み返してくださってるんですね。
これからもドキドキするような司を書いていきますのでよろしくお願いしまーす✩.*˚