タマが入院して3日目。
土曜日の今日は、仕事も夕方で終わらせてタマの見舞いに向かう。
病室がある5階のエレベーターを降りると、なにやら廊下まで聞こえるほど騒がしい。
廊下の角を曲がると、タマの部屋の前に群がるナースたち。
その光景をみて、一瞬で何が起こってるか察知した俺。
「おまえら来てたのかよ。」
「おう、司。早かったな。」
タマを囲むようにして並ぶのは、相変わらずどこに行っても目立つ存在のF3。
「俺らの心の母でもあるタマさんが入院してると聞いて、黙っちゃいられねーだろ。
な?あきら。」
「ああ。俺らも仕事切り上げて駆け付けたわけ。」
そう話すお祭りコンビは扉から覗くナースにウインクして見せるサービスも忘れない。
「司も毎日通ってるんだって?
案外かわいいとこあんじゃん。」
そんな類のからかいに反論しようとした俺を遮って、
「坊っちゃんがここに来る目的は別のところにあるんですよ。」
とタマが言いやがる。
「タマっ!」
「なになに~~?なに焦ってんだよ司。
他に目的があるってどういう意味?」
「面白そうじゃん、お兄さんたちに言ってごらん。」
「タマさん、りんご食べる?」
今日、この時間にここに来たことを早くも後悔してる俺。
牧野とラーメンを食ったあの日、タマの病室でぼぉーとする俺に、タマは言った。
「わたしはもう老いぼれババァですからいつ死んでもおかしくありませんけど、こんな身でもまだ死にたくない、生きていたいと毎日思っています。
けれど、坊っちゃんを見ていると、まるで脱け殻のような、生きているようで、そうでないような。
タマはそんな坊っちゃんを見ていると辛くて堪りません。
どうせ死ぬのなら、タマのように最後まで足掻いて足掻いて、それから死んで下さいな。」
脱け殻…
生きているようで、そうでない…
牧野との別れを選んでから、俺は自分の人生を諦めてきた。
金も地位も権力も、人が羨むほど持っているのに、結局一番欲しくて堪らなかったものは、真っ先に手放さなければならなかった。
それが、道明寺のため、社員のため、社会のため、そんな人生にうんざりした。
「タマは人生のほとんどを道明寺家で過ごさせて頂きました。
ご主人様、楓奥様、椿お嬢様、そして坊っちゃん。
皆さんにお仕えしてきましたが、タマは坊っちゃんが一番可愛くて堪りません。
誰よりも乱暴で、誰よりも喧嘩っ早い、
それなのに、誰よりも素直で、誰よりも一途に愛情深い。
タマは人生の恩返しに、この病院を選んだつもりです。
坊っちゃん、もう一度だけ昔のように暴れたらいかがです?」
深夜2時、タマに可愛いだの、暴れろだの、滅多に言われたこともねぇことを言われて調子が狂う。
「プッ…ハハハ…はぁーーー。」
俺は乾いた笑いと、深い溜め息をはいて椅子に深く沈みこむ。
「やっぱダメだわタマ。」
「坊っちゃん?」
「無理なんだよタマ。」
「…………坊っちゃん。」
悲しそうに俺を見つめるタマに、俺は言う。
「どうしたって、俺はあいつを忘れられねぇ。
抑えても抑えても、たった一度会っただけで、
6年間我慢したものがすべて吹き飛んじまった。
所詮、はじめから無理だったんだよ。
牧野を忘れよう、諦めようなんて、やっぱ俺には無理だ。」
その一気に吐き出すように言った俺に、タマは笑って言った。
「それでこそ、坊っちゃん。
当たって砕けろですよっ。
もしダメでも、骨はタマが拾います。」
にほんブログ村
ランキングに参加しています。応援お願いしまーす✩.*˚
コメント