こういう恋の始まり方 32 最終話

こういう恋の始まり方

「来月からおまえにも参加して欲しいプロジェクトがある。そろそろNYに戻ってこい。」

親父からのその辞令とも取れる発言があったのは、2月の中旬だった。

覚悟はしていたけれど、いざ現実になると日本が、いや、牧野と過ごすここが恋しくて離れがたい。

そうなると、当然『結婚』というワードが頭をよぎる。

NYに行く前にプロポーズをして正式に婚約でもしようか。

牧野の両親に挨拶に行こうか。

日本での残りの時間が着々と減る中、出来ることはしていきたい…と思っている俺とは裏腹に、

何となく、最近の牧野はつれない素振りが多い。

仕事終わりのデートも回数が減った。

週末も忙しそうで外泊はほとんどしていない。

遠距離になることに寂しさを募らせているのは俺だけか?と思うほどこいつは淡々としてやがる。

「寂しくねーの?」

「寂しいよ。」

「今度いつ会えるか分かんねーんだぞ。」

「そだね、いつだろう…」

そう言いながらニコッと笑う牧野に、

「離れたくねぇと思ってるのは俺だけかよ」

と、愚痴りたくもなる。

そうしてあっという間にNYに行く日が明日に迫った夜。

邸でババァと向かい合い最後の晩餐。

俺の好物ばかりをシェフにオーダーしていたタマは、

「今度坊ちゃんに会えるのはいつでしょう。」

そう言ってうっすら涙ぐむ。

「…泣くことじゃねーだろ。」

「身体にだけは気をつけてくださいまし。早寝早起き、仕事はしすぎず、お酒も程々に!」

「分かってる。ったく、感傷的になりすぎだ。」

「年寄りだから仕方ないんですよっ」

「いてっ!叩くなって」

俺とタマのやり取りを呆れたように見つめていたババァが、ワインを1口飲んだあと言った。

「あんまり浮かれすぎないように。」

「あ?浮かれる?」

「…そうよ、NYでの生活を楽しみすぎないように…ね。」

「楽しむどころか、どうせまた仕事三昧だろ」

「まぁ、そうでしょうけど。

とにかく、あなたの仕事がはかどるように、最善の準備はしておいたので、しばらくはまた向こうで頑張ってちょうだい。」

ババァから頑張れという言葉を聞くのは新鮮だった。

きっとそれはタマも同じだろう。

俺とババァを見ながら、また目に涙をためていた。

………………

3月の初めにNY支社に戻り、慌ただしく1ヶ月がすぎた。

日本での生活は恋しいけれど、やはり住み慣れたNYの生活も性に合っている。

あっという間に感覚を取り戻し、仕事モード爆走中。

そんな中、西田から悲鳴とも取れる苦情が。

「専務、働きすぎでは?」

「俺じゃなくて社長に言えよ。」

「専務が仕事をこなすから、社長もどんどん入れてくるんです。」

「じゃあ、やるなって言うのかよ。」

「そうじゃありませんけど、私も1人では対応出来ませんし、」

西田からこんな弱音を聞くのは初めてで、

「身体でもわりーのかよ。」

と、聞いてみる。

すると、

「いえ、ですが、もう私も歳なので専務のハードスケジュールに同行するのは限界が。

そこで、新しく専属秘書をもう1人雇いました。」

と、平然と言いやがる。

「あ?秘書を雇った?」

「はい。」

「はいって、全然聞いてねーよ!」

「言ってませんでしたので。」

「はぁーーー、西田。

俺の秘書はおまえだけで十分だ。」

どうせNYで雇う秘書なんてテキトーな奴だろう。

日本人に比べると時間にルーズでスケジュール管理も甘い。

日本支社のあの完璧な秘書課集団に慣れてしまったから、そのルーズさに我慢出来る自信はない。

「新しい秘書は要らねぇ。

仕事を少しセーブするか、おまえの休みを増やしてくれ。」

「本当にそれでいいんですか?」

「ああ。」

「本当に?」

そう言ってニヤッと笑う西田に背筋がゾワッとする。

「なに企んでる?

マジで怖ぇーから笑うな。」

「新しい秘書の方がこのあと挨拶に来る予定ですが」

「キャンセルだ。」

「キャンセルですね。

では、そう伝えます。」

西田が電話でどこかにコールする。

すると、直ぐに相手に繋がったようで、一言目にこう言った。

「牧野さんですか?」

パソコンに目をやっていた俺は、その言葉に反応して西田を見ると、わざと俺に背中を向けて会話をするこいつ。

「申し訳ありませんが、秘書の件は無かったことにしていただけますか?」

「……」

「いえ、牧野さんの問題ではなく、専務がどうしても新しい秘書は要らないと言うもので」

「……」

「せっかくNYまで来て頂いたのにすみません。

どうぞこのままお帰りください」

そこまで聞いて、話の内容がようやく繋がった。

「西田?

おい、西田?………おーいっ、西田ァーーー!」

俺の叫び声にようやく振り向く西田。

その手には、携帯があり、それをヒラヒラとこちらに見せる。

その画面は、通話どころか電源さえ入っていないものだった。

………

それから1時間後。

俺のオフィスには日本に置いてきたはずの愛しい彼女が座っていた。

「ねぇ、もう少し離れてよ。」

「1ヶ月ぶりなんだからいいだろ。」

「良くないでしょ。あたしは仕事で来てるのっ。」

「っち!」

ビシッとスーツを着込んで、『新しく秘書として着任しました牧野つくしです』と挨拶したこいつ。

驚きと嬉しさで頭がぐちゃぐちゃになりながらも、あの日のババァの言葉を思い出す。

『NYで浮かれすぎないように…』

こういう事だったのか。

ババァも知っていたということだ。

隣に座る牧野の顔を覗き込みながら聞く。

「いつからこの話は進んでた?」

「んー、専務の辞令がおりるまえかな。」

「むちゃくちゃ早ぇーじゃん!」

「そう。」

「なんで言わねーんだよ。」

「みんなから口止めされてたの。」

「みんな?」

「社長、副社長、西田さん。

専務に言ったら喜びすぎて仕事に身が入らないから、着任する日まで黙っておくようにって。」

「全員グルか…」

「プププ……グルって、」

ケラケラと笑うこいつ。

その笑顔が可愛くて思わずギュッと抱きしめると、

「だーからっ、仕事中なのっ!」

と、暴れ出す。

これから先、こういう生活が出来ると思うと、たまらなく嬉しくて、マジで浮かれすぎに注意だな。と心の中で思いながら、牧野には常識を教えてやる。

「牧野、」

「ん?」

「NYではこういうの当たり前だからな。」

「はぁ?」

キョトンとした顔のこいつに、思いっきりディープなキスを仕掛けると、

「んな訳あるかぁーっ!」

と、愛の鉄拳が返ってきた。

……

……

こういう恋の始まり方  FIN

お付き合いありがとうございました!

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コメント

  1. T より:

    よき!
    楽しませて頂きました。
    ありがとうございます。

  2. 椿お姉さん☆ より:

    とても面白かったです(^^)/癒されました♪

  3. 花花 より:

    しばらく花男二次小説ご無沙汰していたんです。
    チラっと見て見たら新作が!!˚‧º·(ฅдฅ。)‧º·˚
     
    楽しく読ませていただきました。
    これからも頑張って下さい。

    • 司一筋 司一筋 より:

      ありがとうございます!新作、少しずつ書いていきますのでお付き合いよろしくお願いします!

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